「シンデレラ体重」をめざす女性の心理とは? 専門家は「生理が止まるレベル」と問題視するも…

 私は痩せているので、痩せている人の味方をする。
 さて、痩身願望の歴史は長い。そして、それに対する反発の歴史も同様に長い。

 明治時代には、病的なまでの色の白さと細い体が美女の条件であった。そのような風潮に反対し、大日本私立衛生会が1884年に提唱したのが、「衛生美人」という概念である。「太っていて健康的で、力仕事に向いた人こそ美しい」という新たな価値観を訴え、世間の美人観を変革しようとしたのだ[1]。だが、その価値観は容易には受け入れられず、「衛生美人」は不美人の代名詞にさえなった[1]
 しかしながら、両大戦間期までには徐々に美人観も変化していった。病的なまでの血色の悪さをもてはやす風潮は失われ、「健康美」が評価されるようになっていった。
 その一方で、太っていることを美しいと見なす価値観が定着することはなかった。1893年以降、やせ薬の広告が何度も新聞に掲載されていたように[2]、痩身願望は相変わらず健在だった。

 下って1941年。大政翼賛会は、新たな時代の美人像として、「翼賛美人」という概念を提唱した。「衛生美人」同様、太っていて力仕事に向いた人物を「美人」と称しようとしたのだ[1]。だが、「翼賛美人」の提唱も、日本人の美人観を変えることはできなかった。それこそ、戦時中の1944年でさえも、やせ薬の広告が新聞に載っていた[2]

 大日本私立衛生会は、学者、官僚、医者、軍人など、多方面の人々を参加させており、「私立」といっても国家の衛生行政につながる大組織であった[1]。また、大政翼賛会は、戦時に際して、それまでの政党を解体し、挙国一致の政治を目指して結成された団体である。このように、過去の日本では、権力サイドが世間の痩身願望に異を唱え、新たな美人像を提唱していたのだ。
 「美人論」(井上章一 朝日文庫)では、さらに、太った体型を称揚しようとする過去の国家権力の思惑は、戦後の厚生省(当時)にも息づいていると述べている。厚生省の提示する「健康体」、「標準体重」なるものが、典型的な現代人の理想像より太めであるのがその表れだという[1]

 お上の思惑と人々の理想像が乖離していることは、ダイエット本の記述からもうかがえる。
 例えば、「一つしかない本当のダイエット」(加藤哲也 主婦の友社 1997年)では、標準体重(身長-105)に対し、美容体重/女優体重(身長-115)という基準を設けている。
 また、「コーチング・ダイエット」(奥田弘美 KKベストセラーズ 2002年)では、BMI19.8以上24.2未満を標準、BMI18.5以上19.8未満をやや痩せぎみとした上で、「スリムなファッションを楽しみたい場合は、標準ではなく、やや痩せぎみを目指せ」とはっきり述べられている。

 このように、130年以上の長きにわたり、国家権力は大衆の痩身願望に反発し、理想像の変革を試みてきた。だが、その試みは結局成功しなかった。「細いことが美しい」という美的感覚は、21世紀の今日でも強く生きている。

 さて、上に挙げたハフポストの記事では、BMIが18になる体重が「シンデレラ体重」と呼ばれて理想化される風潮に警鐘を鳴らしている。記事では、これを現代社会や現代の若者の病理であるように論じているが、もちろんそれは正しくない。上述のように、「細いことが美しい」というのは、前々世紀から根強く生き続けている美的感覚だからだ。ここ20年の話でも、ましてや現代の若者の話でもない。

 そもそも、「BMI18」という値だけでは、即座に不健康とは判断できない。BMIの性質上、同じ体型でも、背が低ければ値は小さくなるからだ。そもそも、痩せていても健康な人などいくらでもいる。

18まで落ちると、様々な健康への悪影響が増えていきます。

例えば、無月経。10代はまだ生理が不順だったり、ホルモンバランスが不安定だったりすることが少なくありませんが、低体重で栄養が足りない状態が続くと、月経を起こすためのホルモンが十分に分泌されなくなります。このため、無月経が引き起こされるのです。場合によっては、ホルモン剤で治療しても生理が戻らなくなることもあります。

将来、子どもを産みたいと思ったときに、過去のそうした無理なダイエットなどが原因で機能が働かず、妊娠しづらくなるリスクも高まります。妊娠しても、十分栄養が行かず、体重が極端に低い赤ちゃんが産まれる原因にもなっています。

普段でも疲れやすくなったり、骨の密度がスカスカになって骨折などを引き起こす「骨粗鬆症」になったりもします。ホルモンバランスといっても、体のいろいろな機能とつながっていて、後の病気のリスクになりえるのです。

「シンデレラ体重」をめざす女性の心理とは? 専門家は「生理が止まるレベル」と問題視するも…

 前述の通り、BMIを基準にした標準体重は身長の2乗に比例するので、同じ体型でも、背が低ければBMIは必然的に低くなる。実際、日本成長学会のウェブサイトで紹介されている基準に従えば、身長140センチの女子の場合、性別・身長別標準体重に基づく標準体重は33.2キロ(6~17歳)、性別・年齢別・身長別標準体重に基づく標準体重は37.5キロ(13歳)となる。BMIはそれぞれ16.9、19.1。標準体重でありながら、前者はシンデレラ体重を下回ることとなる[3]

また、社会的、文化的な背景も影響を与えていると思います。

日本は欧米などと比べ、見た目などが比較的均質で、あまり差異がない。そうした中で、社会や身の回りの基準が、より細くあることがいいと示すと、皆がそっちに流されてしまう傾向がある。遺伝的にそこまで体が大きくなりにくいということもあり、よりやせの方に、シフトしやすいのかもしれません。

「シンデレラ体重」をめざす女性の心理とは? 専門家は「生理が止まるレベル」と問題視するも…

 日本人の流されやすさや日本社会の同調圧力は、アメリカなどと大して変わらない[4]。そもそも、日本人が本当に流されやすいのならば、大日本私立衛生会や大政翼賛会や厚生省の意図通りに美人像が変化し、太っていることが評価されるようになっているはずだ。

やせ願望に影響を与える外的な要因は、おおきく三つ、「家族」と「友人」と「メディア」と言われています。

ファッション誌「Vogue」が2012年、世界的にやせすぎのモデルを使わないなどの取り決めを発表したり、2017年、フランスでやせすぎのモデルの活動を禁止する法律が施行されたり、グッチやルイ・ヴィトンなどを展開する企業が相次いでやせすぎモデルを使わないなどの動きが起きていますが、日本ではまだ、本格的なムーブメントといえるまでは広がっていません。

「シンデレラ体重」をめざす女性の心理とは? 専門家は「生理が止まるレベル」と問題視するも…

 1941年には、翼賛美人のマネキン人形が作られ、また、群馬県では翼賛美人のコンテストがおこなわれた[1]。だが、それが美人観の変革につながらなかったことは、前述の通りである。
 また、太っていることが評価されないのは、時代も性別も関係ない。2016年には、「東京ポッチャリコレクション」という太った男性のためのファッションショーが開催されたが、ニュース記事にはコメントが1件もついておらず、オンラインブックマークですらわずか3件にとどまっている。また、YouTubeに挙げられた動画にも、コメントは全くついていない。太った男性の魅力をアピールするイベントは、ろくろく注目されなかったのだ。

 結局、メディアもファッション業界も国家権力も、「細いことが美しい」という大衆の美的感覚に対しては、全くの無力であったのだ。

 痩身願望の原因は日本社会でもメディアでもない。大衆の美的感覚なのである。

ロールモデルは本来、もっと多様であるべきだと思うのです。

「シンデレラ体重」をめざす女性の心理とは? 専門家は「生理が止まるレベル」と問題視するも…

 この下に、モスクワのファッションウィークで登場したプラスサイズ(=肥満体)のモデルの写真が、十中八九肯定的な意味で掲載されている。
 だが、肥満も不健康とされていることに変わりはない。細い体型を不健康という理由で批判するのならば、同じ理由で肥満体も批判されるべきだ。多様なロールモデルなどもってのほか、中肉のみをロールモデルにすべきと主張しなければならない。


 「シンデレラ体重」を現代若者論として語り、メディアやファッション業界が変われば人々の美人観も変わるというあまりに楽観的な主張を述べるハフポストの記事は、痩身願望の歴史や美人観変革失敗の歴史を無視した薄っぺらいものである。
 結局、どんな小細工をしようと、「細いことが美しい」という世間の価値観はそうそう変わらないのだ。痩身願望はなくならないのだ。


[1] 「美人論」 井上章一 朝日文庫
[2] 「パオロ・マッツァリーノの日本史漫談」 パオロ・マッツァリーノ 二見書房
[3] 2000年日本人小児の体格 標準値
[4] 「“日本人の集団主義”と“アメリカ人の個人主義”」 高野陽太郎、纓坂英子