じじぃ語を使い始める時期 (言語学板

1 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/05/28 17:39
「わし」「~じゃ」は漫画界のじじぃはほとんど使っているが
じじぃ語は何歳からつかえばいいんだ?
昨日まで僕と言ってた人がわしと言い出したらショックだが

 本筋とは関係ないが、1の「じじぃ」という表記が気になる。なぜ「じじい」ではなく「じじぃ」なのだ。

 役割語についての基礎的文献である「ヴァーチャル日本語 役割語の謎」(金水敏 岩波書店)が発行されたのは2003年1月のこと。だが、その前から「わしは……じゃ」などの<老人語>を喋る老人が虚構の存在であることは知られていた。
 例えば、「三省堂国語辞典 第四版」(三省堂 1996年)の「じゃ」の項目には、「小説・劇などでは、老人・昔の人のことばづかい(p. 502)」と書かれている。また、清水義範「小説の中のことば」(1996~1998年初出)には、「いまどき、わし、なんて言う老人はあまり見かけないよねえ。……じゃ、なんて、村山富市さん以外に言う人はそういない。(「日本語必笑講座」 清水義範 講談社文庫 p. 36)」と書かれている。

 それでは、なぜ1はあたかも現実の老人が<老人語>を使っているような発言をしているのだろうか? なぜ現実の老人ではなく漫画の話をしているのだろうか? 現実と作り話の区別がつかないのだろうか?

 つかないのである。

 「ヴァーチャル日本語 役割語の謎」には、次のように書かれている。

ヴァーチャル・リアリティは「にせ物の現実」というニュアンスが強いですが、重要なのは、我々にとって「ほんとの現実」(リアリティ)と「にせ物の現実」(ヴァーチャル・リアリティ)は本質的に区別できない、という点です。 (vii)

「現実」というと、誰の目にも明らかなことのように思われるかもしれないが、必ずしもそうではない。位相・位相差は、研究者がフィールド・ワークや文献の調査等の手続きを経ることでようやく明らかになるもので、一般の日本語話者には見えていないことが多いのだ。むしろ一般の話者が知識として持っているのは、役割語の知識なのである。 (p. 37)

 人間は、自分で思うよりずっと作り話に影響されているものである。特に、身近でないものならなおさらだ。
 身近に老人がいなければ、実際の老人がどのような言葉を使っているかを知る機会はない。いたとしても、意識していなければ言葉づかいの実態には気づけない。一方、作り話で<老人語>を目にする機会は多く、また、印象的な言葉づかいゆえ、記憶にも残りやすい。そして、うっかりしていると、あらためて言われなければ現実の老人は<老人語>など使っていないことに意識が及ばなくなってしまうのだ。1がまさにその好例である。
32 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/06/09 14:10
>>1
方言の一部があなたの言うじじぃ語ということでいいのでは?
例えば「わし」は男女、年齢関係なく使う(使っていた)地域もある。

 <老人語>の特徴として挙げられるのは、打ち消しの助動詞「ぬ/ん」、存在を示す動詞「おる」、断定の助動詞「じゃ」などだが、これらは西日本方言の特徴でもある。

37 : [] 投稿日:02/06/10 17:43
なるほど。じじぃ語は存在してなくて本当は方言だったってことか。
じゃあ、なぜ漫画界でじじぃは今まで話してた「じじぃ語」をつかうもの
と決まったんだ?


38 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/06/10 18:21
大正や昭和初期の東京に於ける老人の言葉とかが関係しているのかもね
いや、詳しいことは分らないけど

 大正や昭和初期どころではない。<老人語>の成立は、江戸時代にまでさかのぼることができる。

 江戸時代の前期には、江戸の町人の間には共通語と呼べるものがなく、江戸の町は方言雑居の状態だった。一方、上方語は王城の地の言葉であり、高い威信を持っていた。
 18世紀後半になると、江戸の町人の間に東日本型の共通語が形成され、18~19世紀にかけて次第に上層へと浸透していった。この時期に生じたのが、「地位や年齢が高い人ほど昔から権威のあった上方語を用い、逆に地位や年齢が低い人ほど新しい共通語である江戸語を用いる」という状況である。この状況が歌舞伎や戯作の中で誇張されることで、「老人や知識人の台詞に西日本型の言葉を用いる」という習慣が生まれたのである[1]。このことは、2015年2月17日の記事でも述べた通りだ。

39 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:02/06/10 20:44
>>38
エラそうなじじい = 元老 = 薩長藩閥?

 <老人語>の由来を維新の元勲に求める説は、1999年発行の「越後・佐渡 方言散策」(野口幸雄 新潟日報事業社)にも載っており、また、ウィキペディアの「老人語」の項目でも紹介されている。だが、前述のように、実際はもっと昔、江戸時代から「年寄りは西日本型の言葉を話す」というステレオタイプが存在した。

40 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/06/10 20:59
ありがちな老人語は主として広島弁のように思える。
「わしは~じゃのう」とか広島弁でしょう。

薩長藩閥はあまり関係ないと思う。
鹿児島弁は老人語云々よりも「鹿児島弁」にしか聞こえないし、
長州弁は軍隊語(「~であります。」など)になってる。

 <老人語>はよく「広島弁に似ている」と言われ、ウィキペディアにもそのように書かれている。だが、それは必ずしも正しくはない。例えば「ぬ/ん」、「おる」、「じゃ」などは、広島市や広島県に限らず、西日本で広く用いられている。また、「わし」という自称、「わい」や「のう」などの終助詞は、全国各地で使われている[2] [3]。一方で、<老人語>の特徴とされるものに、広島弁特有の表現は含まれていない。

 また、<軍隊語>の「であります」は長州弁ではない。「であります」という表現は確かに山口方言に存在するが、実際の山口方言では「でありますよ」のように終助詞を伴うことが多く、終助詞をつけることのない<軍隊語>の「であります」とは異なる[4]
 それでは、<軍隊語>の「であります」はどのようにして生まれたのか。
 定説では、「である」を丁寧語にしたものであって、「である」を常用する明治初期の言語環境の中から自然に発祥したものとされている[4] [5]。実際、明治初期には、演説や新聞などでも「であります」はよく使われており、特別軍隊に限った用法というわけではない。後に、「であります」に代わって「です」の使用頻度が上がっていく中で、「であります」は演説や軍隊内で使う格式ばった特殊な表現と見なされるようになっていったのだ[4]

15 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/05/29 18:10
今の若者語=50年後の老人後
今の老人後=50年前の若者語

 1940~50年代の若年層の役割語は、下のようなものだった。

村の牧人、メロスの台詞

(1) 私だ、刑吏! 殺されるのは、私だ。メロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる! (「走れメロス」 太宰治 1940年)


時計店の青年店員の台詞

(2) なんだ、なんだ。どこにどろぼうがいるんだッ。 (「青銅の魔人」 江戸川乱歩 1949年)


新人漫画家、武内よしつねの心の中の声

(3) この漫画がパスしなければ 僕は部屋代が払えないのだが……… (「おゝミステイク」 水木しげる 1959年(「水木しげる 魍魎 貸本・短編名作選 地獄・地底の足音」 ホーム社漫画文庫 p. 334))

 「わしじゃ、刑吏! 殺されるのは、わしじゃ。メロスじゃ。彼を人質にしたわしは、ここにおる!」とも、「なんじゃ、なんじゃ。どこにどろぼうがおるんじゃッ。」とも、「この漫画がパスせなんだら わしは部屋代が払えんのじゃが………」とも言っていない。また、「走れメロス」には「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ。」という台詞が出てくるが、これはメロスではなく王の発言である。

 上でも述べた通り、役割語としての<老人語>の成立の背景には、18~19世紀の江戸の言語状況がある。そして、それから1~2世紀を経た昭和初期~中期には、とっくに「高齢層は西日本型の言葉づかい、若年層は東日本型の言葉づかい」というステレオタイプが確立していたのだ。到底「今の老人語=50年前の若者語」などとは言えない。若干の変化[6]はあるものの、当時の<若者語>は今でも大体<若者語>だし、今の<老人語>は当時も<老人語>として受け取られていたのだ。

17 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/05/29 20:59
>>15
今の老人後=50年前の若者語は間違いだよ。
よく考えてごらん。昔ってのはもっと厳しい躾とかされていた時代だよ。
そんなに沢山若者語何ていわれる言葉はなかった筈。
ぬくぬく世代はそういうことを忘れちゃ駄目だよ。(自分も。)

 1950年には、獅子文六の小説「自由学校」が人気を博し、そこに出てきた「飛んでも、ハップン」、「ネバー・好き」といった台詞が若者の間で流行語になったのだが[7] [8]、17はそれを知らない。また、1956年には人の性格を「ドライ・ウェット」と言い表すことが広まったが、これは元々学生語である[8]。だが、17はこのことを知らない。
 また、終戦直後~1950年代は無軌道な青少年の犯罪が多発した時代なのだが、17はそれを知らない。アプレゲール太陽族愚連隊といった言葉などは、聞いたことすらないのだろう。

30 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/06/09 13:32
持論なんだけど、
「じゃ」に関しては「だ」が変化したもの。
で、「だ」を発音するときに、口に力を入れないと、
「じゃ」になると思う。
年とって、筋肉がよわってくると、「だ」よりも「じゃ」と
発音するほうが楽で、自然とそうなるんじゃないかな。

 それはつまり、年を取ると「段々」を「じゃんじゃん」、「大体」を「じゃいちゃい」と発音するようになるということだ。だが、そんな老人は現実でも虚構でも見たことがない。

31 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/06/09 14:09
日本語の方言分布を見ればわかるように「じゃ」系の方言は「だ」系の
方言を遥かに圧倒している。確かに「だ」系の東京圏の人口は多い。
しかし現在の老人のかなりの割合が「じゃ」系の地方からきた方言話者。
サラリーマンのころはお里を隠せたが、定年後、年寄りになって言語能力が衰えてくると、
しだいに、郷里の言葉がでてくる。そういうことだと思う。

ただ、だんだん年寄りに占める東京圏出身者の割合が増えてくるにつれて
年寄り言葉も「だ」形が増えてくると思われる。

 断定の助動詞として「じゃ」や「や」を使うのは、大体富山県・岐阜県・三重県以西。2001年時点で、この地域[9]の人口は約5300万人。日本の人口の約42パーセントである[10]。決して「『じゃ』系の方言は『だ』系の方言を遥かに圧倒して」などいない。

52 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/10/02 11:33
東北では「わし」「~じゃ」「ん」など
70過ぎの老人でも絶対に使いませんが、何か?

 東北方言は東日本方言の一種だから、「じゃ」や「ん」などは使われない。ただし、青森では自称「わし」が使われることもあるという[2]

63 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:03/05/07 02:13
俺はある漫画家のおじいちゃんは広島出身で広島弁だったんだけど
そのおじいちゃんを漫画中に登場させて、広島弁をそのまましゃべらせたから
そういった言葉がじじぃ語と定着したって聞いた事があるんだけど。

 誰の何という漫画の何という登場人物のことやら。そもそも、誰に聞いた話やら。

54 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:03/01/08 03:41
金水敏の論文かなんかなかったっけ。
お茶の水博士が出てくるやつ。

 タイムリーなことに、このレスは金水敏「ヴァーチャル日本語 役割語の謎」発行の月のものである。


 さて、このスレッドが立ったのは2001年のこと。当時はまだ、「役割語」という概念は一般に知られていなかった。だが、2003年には「ヴァーチャル日本語 役割語の謎」が発行され、2008年にはウィキペディアに「役割語」という項目が作られ、2012年には「日本人の知らない日本語 3」で役割語が取り上げられ、この概念は広く知られることとなった。
 そして、今となっては、2ちゃんねる言語学板で役割語に関するスレッドが盛り上がることもなくなった。でも、それは仕方のないことだ。今や役割語関連の本は簡単に手に入る。ちょっとした疑問ならば、本を読めばすぐに解決だ。わざわざ掲示板で憶測を言い合うまでもない。

 現在では、「役割語」という概念や<老人語>成立の経緯はよく知られたものとなった。だから、もはやこんな頓珍漢な議論がおこなわれることもない……と思ったのだが、それはとんだ勘違いだったようだ。


[1] 「ヴァーチャル日本語 役割語の謎」 金水敏 岩波書店
[2] 「現代日本語方言大辞典 第6巻」 明治書院
[3] 「日本語方言辞典 下巻」 藤原与一 東京堂出版
[4] 「役割語としての「軍隊語」の成立」 衣畑智秀・楊昌洙(「役割語研究の地平」 金水敏:編 くろしお出版)
[5] 「日本語スタンダードの歴史」 野村剛史 岩波書店
[6] 例えば、「~たまえ」という表現は、1970年代以前の作品では若い登場人物の台詞にも用いられているが、1980年代以降は威厳のある中高年男性の役割語(<上司語>)となった[1] [11]
[7] 新・ことば事情 4387「とんでもハップン」
[8] 「古きよきサザエさんの世界」 清水勲 いそっぷ社
[9] 九州、中国、四国、近畿、福井県、石川県、富山県、岐阜県
[10] 人口推計 > 各年10月1日現在人口 > 年次 > 2001年
[11] 「<役割語>小辞典」 金水敏:編 研究社