SF作家 山本弘先生の「日本人のモラルが昔から高かったと思うな」「日本人のモラルは昔より格段に向上している」







 要するに、中国はみそっかすで、日本は中国より「成熟」していて、アメリカは日本より「成熟」していて、ヨーロッパはアメリカより「成熟」しているということだ。きっと、アメリカ人やヨーロッパ人は日本人よりもずっとモラルが高く、模範的なマナーを身につけているのだろう。
 さて、「パリ症候群」という適応障害がある。パリを訪れた外国人が、「メディアで描かれていた美しいパリ」のイメージと「不親切な人々」「薄汚れた街並み」などの現実とのギャップでカルチャーショックを起こし、精神を病むという現象だ[1] [2]。なお、パリ症候群は日本人に多く見られるというが、近年では、増加する中国人観光客の中にもパリ症候群にかかる人が増えているという[3]

 要するに、中国人観光客はフランス人のマナーの悪さにショックを受けているのだ。繰り返す。中国人観光客はフランス人のマナーの悪さにショックを受けているのだ。

 これはどういうことだろうか? フランスは日本や、ましてや中国などよりずっと「成熟」した国のはず。そんな国に、それほどのすさんだ面などというものがありえるのだろうか?

 ありえるのだ。

 パリは、数々の歴史的建造物や洗練された料理にあふれた素晴らしい町である。だが、同時に薄汚れたビルが所狭しと立ち並ぶ町であり、ごみや落書きの目立つ町であり、すりが多い物騒な町であり、歩行者用信号の青の時間が短い不親切な町である。ただ美しいだけの町ではないのだ。
 一面に広がる緑の中、高くそびえ立つ鈍い色のエッフェル塔の姿には、時間を忘れて見入ってしまうほどの魅力がある。だが、ひとたび足元を向けば、瓶の王冠や紙屑の散乱するシャンドマルス公園の姿が目に飛びこんでくる。

シャンドマルス公園


 すさんでいるのはフランスだけではない。


 あたかも「成熟」した社会では暴動が起きないような物言いだが、もちろんそれは正しくない。例えば、このツイートの1年半後には、アメリカで暴動とも呼ぶべき反トランプデモが起きた[4] [5]


 アメリカやオーストラリアでも、ショッピングカートの持ち出しは大きな社会問題になっているという[6] [7]


 そもそも、現代日本人のモラルはそんなに高いのだろうか? 中国人を半人前扱いできるほど品行方正なのだろうか?


 清水義範「二〇〇一年宇宙の恥」という、「農協 月へ行く」と似たような小説があるが、これの初出は1999年だ。また、「日本以外全部沈没」の映画が公開されたのは2006年のことだ。どちらもそんなに昔のことではない。日本人のモラルの低さを風刺する話は、今でも充分通用するのだ。


 渋谷ハチ公前の喫煙所は、2016年11月に撤去された。だが、それでもそこで煙草を吸う人はいなくならず、吸い殻のポイ捨てが社会問題になっている[8] [9]




 あたかも今の日本人は有名ブランドの服飾品を買いあさっていないような物言いであるが、その認識は正しくない。例えば、海外旅行ガイドブックを見れば、パリやミラノはおろか、ハワイやソウルであっても、有名ブランドの店がいくつも紹介されている。ソウルのガイドブックに地元の名産でも何でもない欧州ブランドの服飾品を扱う免税店を載せる理由は何か? どう考えても、割安のブランド品を爆買いする日本人が多いからに決まっている。
 また、創作物を見てみれば、「修学旅行でブランド品を買い漁る女子高校生」というステレオタイプ的描写がいまだに現役であることがうかがえる。例えば、「マリア様がみてる チャオ ソレッラ!」(今野緒雪 コバルト文庫 2004年)には、生徒がブランド品を買いあさることを防ぐため、修学旅行にスーツケースを持っていくことが禁じられているという設定が出てくる。また、「となりの801ちゃん 3」(小島アジコ 宙出版 2008年)には、ブランド品を買いあさる修学旅行生を目撃したエピソードが載っている。
 旅先で服飾品を買いあさるだけではない。「大人買い」という大人げない行為があるが、この行為は、今や辞書に載るほど一般化している。

 要するに、今の日本人も爆買いしているのである。


 パロディー商標は、現代の日本にも蔓延している[10]。例えば、「面白い恋人」や「フランク三浦」のニュースは、決して昔の話ではない。


 その「日本版死ね死ね団」は、「モラルの高い」現代の日本人だ。

 このように、フランス、アメリカ、オーストラリア、現代日本などの人間だって、決して品行方正とは言えないのである。

 それも当然だ。

 モラルやマナーというのは、あくまで個人が後天的に身につけるものだ。先進国の人間とてモラルやマナーを身につけて生まれてくるわけではないし、子供、田舎者、成金、海外旅行初心者、不心得者などはどんな国にも一定数存在する。いくら国が豊かになろうと、モラルの低い人間は決して絶えることはないのだ。
 もちろん、社会インフラの整備や取り締まりの強化などによって、モラルの低さが目立たないよう、ある程度取り繕うことはできる。だが、人々が実際に改心したかは別問題である。







 立小便の減少はインフラの進歩のたまものであって、モラルの進歩の結果ではない。手近にトイレがなければ立小便も辞さないという人は、今でもちゃんといるのである。その証拠に、改札の外にトイレのない都営大江戸線の上野御徒町駅には、今でも小便鳥居が存在する。しかも、ご丁寧にも「小便厳禁」の文字つきだ。上野御徒町駅は2000年の開業だから、そこの小便鳥居が80年代以前の名残などということはありえない。二千年代の日本でも、小便鳥居は必要とされているのである。

 また、モラルやマナーは、必ずしも科学技術のような普遍的なものではない。むしろ、「文化」という側面も大きいのだ。
 科学技術は、紆余曲折はあれど、基本的に進歩していくものである。N700系新幹線ロケット号より速いし、iPhoneENIACよりはるかに高性能である。
 だが、文化はそうではない。コンピューターグラフィックスは水墨画より美術として優れているわけではない。宇宙食は漁師飯よりうまいと言う人も、決して多数派ではあるまい。
 モラルやマナーも同じだ。
 文化が違う以上、外からマナー違反に見える習慣があるのは当然である。だが、それは必ずしも社会の後進性の表れではない。
 例えば、日本では、土足で家に上がることはマナー違反である。それこそ、「土足で上がりこむ」という表現が無遠慮な態度のたとえになるほどだ。その一方、土足で家に上がるのが普通という国も多い。だが、それは日本が進んでいるか遅れているかとは関係ない。土足で家に上がることがマナー違反か否かは、あくまでその地の文化の問題なのだ。

 さて、山本氏は、「中国人と日本人の違いは遺伝子のせい」というナンセンスな説にだけ反論し、「文化の違いのせい」という説は無視している。

 その「環境」というのは社会インフラやGDPだけではない。文化の影響も大きい。


 山本氏が省略している部分には、「肌やことばの ちがいをのぞきゃ」という歌詞がある。違いはちゃんとあるのだ。



 「郷に入っては郷に従え」とは言うが、実際に「郷に従う」のは相当なストレスである。その「郷」が自分にとって不快なものである場合はなおさらだ。だから、海外在住の日本人には、現地の常識がどうであれ、家に入る時には靴を脱ぎ、用を足した後には紙でお尻を拭くという習慣をかたくななまでに貫く人が多い。
 外国人だって同じだろう。イタリア人にとっては、家の中で靴を脱ぐことは非常に抵抗が大きいという[11]。中国人がトイレットペーパーを流すなどという「非常識な」行為に抵抗を感じることだって、決して想像に難いことではない。

 中国は未完成の日本ではないし、フランスは日本の上位互換でもない。どんな社会も同じように進歩し、いつかは西ヨーロッパ[12]のようになるというのは、進歩史観と西洋中心主義に基づいた誤った考え方でしかない。進歩史観、西洋中心主義と言えば何となく恰好よいが、平たく言えばミーハー、西洋かぶれということだ。スイーツ(笑)
 当たり前のことだが、国によって文化も風土も常識も違う。それを無視して外国人を軽々しくみそっかす扱いするのは、非常に失礼なおこないである。


 さて、この議論の発端となった中村氏は、中国人を半人前扱いしている一方で、韓国人はマナーがよいと評している[13]。だが、山本氏を始め、多くの人が当たり前のように韓国人を半人前扱いしている。つまり、山本氏らは韓国人を見下しているのだ。どっちが「死ね死ね団」やら。なまじ善人面している分、余計にたちが悪い。ミスターY、許すまじ。


[1] 日本人観光客を襲う「パリ症候群」とは
[2] 'Paris Syndrome' strikes Japanese
[3] 「パリ症候群」に陥る中国人観光客、憧れの訪仏幻滅に終わる
[4] 続く「反トランプ」デモ、オレゴン州では「暴動」と表現 米
[5] 米国 反トランプ派のデモが凄まじすぎる→トランプ氏自宅に迫るわ信号機に登るわ「こんなの初めて見た」→更新
[6] スーパーでショッピングカートを放置したことある人は耳の痛いお話です!
[7] ショッピングカートをお持ち帰り? 真似しちゃいけないオージーの習慣!
[8] 渋谷ハチ公前の喫煙所が撤去されタバコのポイ捨て激増 ネットで賛否両論、渋谷区は「喫煙者のマナーの問題」
[9] 「渋谷ハチ公前喫煙所」撤去で渦巻く賛否 区担当者の見解は
[10] 「お笑いの街」で横行するパロディー商品 覚えてますか?「白い恋人」ならぬ「面白い恋人」…悪質なパクリか壮大なシャレか
[11] Dolce italiano, Alessandro Giovanni Gerevini, NHK出版
[12] 現実の西ヨーロッパではなく、理想化された架空の西ヨーロッパのこと。
[13] 中村甄ノ丞あるある早くいいたい@ms06r1a 2015年5月10日19時45分のツイート