自分が泣きたいほどに感動するのは…(ネットという特殊な環境とはいえ)これがウケに受けているということは「タイムリープ」「時間ループ」みたいな概念、さらにはタイムスリップみたいな概念が…まだまだではあろうけど、徐々に徐々に世間一般に浸透している、という、それ自体がうれしいってことです。

時間ループとかタイムパラドックスがここまで「当たり前の教養」となった時代に、涙が出てくる……(日曜民俗学)

 「まだまだ」、「徐々に」どころか、タイムトラベルの概念はとっくの昔に一般に広まっている。
 SFと関係の薄い場所で「タイムマシン」や「タイムトラベル」といった単語が使われることは珍しくないし、また、古に思いを馳せることをタイムトラベルに喩えることも日常茶飯事である。実例としては以下のようなものがある。

(1) タイムトラベルは 楽し メトロポリタン ミュージアム

「メトロポリタン美術館」 大貫妙子:歌・作詞 1984年)


(2) この作者が,タイムマシンに乗って現代に出現したとしても,彼は仰天しながらもそのうち現代生活にしっかり適応できるような気がします.

(「進化と人間行動」 長谷川寿一、長谷川眞理子 東京大学出版会 2000年 p.115)


(3) 弥生時代にタイムスリップ 吉野ヶ里

(「るるぶ九州ベスト '16」 JTBパブリッシング 2015年 p.39)

註:下線は引用者によるもの。

 だが、これは驚くようなことではない。
 タイムトラベルものの作品の歴史は古い。例えば、トウェイン「アーサー王宮廷のヤンキー」は1889年、ウェルズ「タイム・マシン」は1895年に書かれた小説だ。どちらも書かれたのは120年以上前。日本では明治時代のことである。
 当時はテレビもなく、ラジオもなく、もそれほど走っていなかった。飛行機はまだ発明されておらず、最速の交通機関は蒸気機関車であった。この時代の大事件といえば、東海道本線の全通(1889年)、大日本帝国憲法の施行(1890年)、日清戦争の勃発(1894年)、第1回近代オリンピックの開催(1896年)などがある。
 また、当時の文化・娯楽について。この時代は、先に挙げたウェルズらにより、後に「SF」と呼ばれることとなるジャンルが生み出されつつあった頃であった。世界初の映画館がニューヨークに設置されたのは1894年。「タイム・マシン」の1年前のことだ。一方、我が日本に目をやれば、二葉亭四迷らによって言文一致運動が進められている真っ最中であった。

 現在では、テレビやラジオや飛行機やオリンピックや映画や言文一致はごく当たり前の存在となっている。ならば、これらと同程度、あるいはそれ以上の歴史を持つ「タイムトラベル」という概念が一般化していたって、何らおかしいことではない。

 120年もさかのぼるまでもない。
 今から10年前の2006年は、まだiPhoneの発売前。日本ではスマートフォンはほとんど普及していなかった。それどころか、NTTドコモのmovaすら現役であったのだ。それが今ではガラケー自体が過去の遺物扱いだ。年寄りでもないのにガラケーを使っていると、変わりもの扱いされるほどだ。
 また、LINEのサービス開始は2011年。わずか5年前であり、まだまだ若いサービスと言える。だが、この短い期間でLINEはごく日常的な通信インフラとなってしまった。もはや「目新しい」ものでも何でもない。
 さらに、ものによってはほんの一瞬で世の中に定着し、それまでの常識を塗り替えてしまう。例えば、去年の9月前半までは「○郎丸」といえば太郎丸だったのに、1か月も経たないうちに、「○郎丸」といえば五郎丸ということになってしまっていた。

 結局、物事の流行、定着、そして陳腐化に要する時間は大して長くないのである。120年も前のSFガジェットが世間に広まっていたとしても、決して驚くようなことではないのだ。


 さて、上のリンク先でgryphon氏がネタにしている動画やツイートだが、これを理解するには前提となる知識が必要である。タイムトラベルやタイムリープや時間ループのことではない。SMAPというアイドルグループの存在である。

 SMAPの結成は1988年。つまり、SMAPは「アーサー王宮廷のヤンキー」や「タイム・マシン」はおろか、「夏への扉」(1956年)、「時をかける少女」(1967年)、「ドラえもん」(1969年)、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年)といった種々の作品よりも新しい存在なのだ。

 だが、gryphon氏はタイムトラベルなどの概念が浸透したことには感動しているが、SMAPというアイドルグループの存在が一般常識となったことに涙を流す様子はない。

 これはどういうことか?

 思うに、氏はタイムトラベルという概念が非常に古いものであることに気づいていないのだろう。だからこそ、明治時代にまでさかのぼれるSFガジェットが一般化していることに驚きながら、それより新しい概念の一般化には驚きを見せずにいるのだ。

 アカデミー賞の受賞者じゃないけど、ひとりひとりの名前を挙げて感謝したい。

 ドラえもんに感謝します。

 時をかける少女に感謝します。

 バックトゥザフィーチャー バック・トゥ・ザ・フューチャーに感謝します。

 ハルヒさんとSOS団に感謝します。

 ハインラインと広瀬正の両先生に感謝します。

 「リプレイ」に感謝します(※これは指摘を受けて追加。確かに名前を挙げるべき作品だった)

 まどかと魔法少女の皆さん、あとキュウべえに感謝します。

 そしてはてなブックマークで皆さんが挙げている、すべての偉大な作家と作品に感謝します。

時間ループとかタイムパラドックスがここまで「当たり前の教養」となった時代に、涙が出てくる……(日曜民俗学)

 ジャニーズ事務所に感謝せよ。
 JVCケンウッド・ビクターエンタテインメントに感謝せよ。
 「SMAP×SMAP」に感謝せよ。
 「サタ☆スマ」に感謝せよ。
 「いつみ・加トちゃんのWA-ッと集まれ!!」に感謝せよ。
 その他、SMAPを起用した番組、イベント、書籍、ポスターなど、すべての偉大な作品と偉大でない作品に感謝せよ。
 そして何より、現SMAPの5人と元メンバーの森且行氏に感謝せよ。

 おちょくっているのでも、混ぜっ返しているのでもない。繰り返すが、タイムトラベルという概念の誕生は120年以上昔のことなのだ。そのようなものが一般に浸透していることに泣きたいほど感動するのならば、それ以下の歴史しかないもの――テレビ、ラジオ、飛行機、スマートフォン、SMAPなど――が一般常識となっていることには、号泣してしかるべきなのである。


 昔からあるものを、あたかもついこの間誕生したものであるかのように語る人が多すぎる。