「三国志」に書かれている人物の中に、中学の歴史教科書、高校の日本史教科書のほとんどすべてに名前が出てくる人物がいる。
 それは誰か。
 卑弥呼である。

 その一方で、「三国演義」ファンに人気のある人物は、学校教育では大した扱いは受けていない。こちらは世界史の領分になるが、「超カッコいい!「三国志の武将」ランキング」にランクインしている人物のうち、「新世界史」(山川出版社 1998年文部省検定済)に掲載されているのは、4位の劉備と7位の曹操の2人だけである。1位の趙雲も2位の諸葛亮も3位の関羽も、教科書には出てこないのだ。そもそも、教科書では三国時代自体がわずか半ページで片づけられている。

 このように、小説やドラマやゲームで人気の事件や人物であっても、歴史教科書ではろくな記述もないというケースは珍しいことではない。

 例えば、「日本史の教科書によく出てくる軍艦はなんでしょう?~近代篇」というTogetterまとめでは、一般的に有名な船であっても必ずしも教科書で取り上げられているとは限らず、逆に、知名度は低くても教科書に頻出の船もあるということが示されている。以下に出題者のツイートを引用する。





 教科書によく登場する軍艦第3位は、海戦での活躍や悲劇的な最期や画期的な装備で知られる船ではなく、江華島事件のきっかけとなった雲揚であった。このことは、軍事マニアにとっては意外な事実であったようだ。
 世界史の教科書となると、名前が登場する軍艦はさらに少なく、用語集で項目が立てられているものはゼロ、説明文中で出てくるものでもメイン号と宝船の2隻だという*

 また、海兄というブログには、次のような記述が存在する。

最近の歴史ドラマ・漫画などで取りあげられるのは戦国時代と幕末だらけであり、知識人が重視するのは昭和の戦争ばかりである。そのせいで日本人の歴史知識に偏りが生じている。織田信長はウンザリするほどアニメ化されるのに高師直は名前すら知られていない。
名誉革命を知らなければ無教養の烙印を押されるが承久の乱を知らなくても生きていけるし、王権神授説には通暁していても天子思想は知らないままに天皇を語るような輩が跋扈する惨状が現出している。この西洋偏重からすれば果たして現在の日本人はアジア人なのかも疑問であり、もう日本から出て行った方がいいのかもしれない。

(中略)

中途半端に学ぶくらいなら何もしない方がマシである。どうせ学ぶなら1000年単位で学ぼうぜ。戦国と幕末と大戦をサイクルしてるだけで何が歴史だよ。俺らは今生きてんの。大戦の犠牲者のために生きてんじゃないの。

歴史に学ぶという愚

 「改訂新版 日本史B用語集」(全国歴史教育研究協議会:編 山川出版社 2000年)によると、日本史B教科書全19種・日本史A教科書全7種のうち、高師直を載せているのはそれぞれ14種・1種。すべての教科書に名前が載っている織田信長に比べたら出現頻度は劣る。だが、承久の乱を載せているのは日本史Bが19種中19種、日本史Aが7種中7種。つまり、承久の乱は、すべての日本史教科書に記載があるのだ。
 一方、時代劇などを通して一般的に有名な戦国や幕末の事件・人物が教科書でも大きく取り上げられているかといえば、そんなことはない。例えば、川中島の戦いは4種・0種(左が日本史B教科書、右が日本史A教科書の掲載数。以下同じ。)、毛利元就は14種・4種、小早川秀秋に至っては1種・0種だ。幕末の場合、新選組は12種・2種、白虎隊は2種・0種、勝海舟でさえ17種・6種。いずれも承久の乱に比べたら出現頻度は低い。
 なお、中世史は、中学の歴史教科書でも他の時代同様1章を割いて解説している。高校日本史は履修しない人もいるが、こちらは全員履修する。「どうせ学ぶなら1000年単位で学ぼうぜ。」というが、学校教育に限れば、すでに皆1000年単位で学んでいるのである。


 さて、卑弥呼は有名だが、それ以外の教科書頻出の単語は必ずしも一般的によく知られたものばかりではない。雲揚より戦艦大和の方が有名だし、高師直より白虎隊の方が人気がある。それでは、なぜ世間的な知名度と教科書での重要度が一致しないのだろうか。
 それは、学校で習った知識など、卒業したら大方忘れてしまうというのが常だからである。

 SF作家の山本弘氏は、教科書について次のように述べている。

 だいたい、右も左も、教科書の影響力ってもんを過大評価してないか?
 たかが教科書1冊ぐらいで子供は洗脳されたりしない(自慢じゃないが、僕は中学の教科書の内容なんてきれいさっぱり忘れてるぞ)。1冊の本で子供の思考がコントロールできるんなら、教師は苦労しないって。

山本弘をめぐるデマ

 実際、教科書の影響力は小さい。
 そもそも、専門家や歴史マニアでない多くの人の歴史の知識は学校で身につけたものではない。小説やドラマやゲームやバラエティー番組などの娯楽を通して身につけたものだ。教科書の無味乾燥な記述は、キャッチーな雑学や血沸き肉躍る物語によって上書きされ、失われてしまうのだ。
 また、専門家やマニアであっても、教科書の知識は高度な専門知識によって上書きされてしまうわけだから、教科書の影響が小さいことに変わりはない。

 なお、言うまでもないが、教科書の影響力が小さいのは、歴史に限ったことではない。


* たったの2隻