北京を「ペキン」と発音しても通じない? ~ 日本人は中国の人名・地名を英語風に覚えるべきである

 言うまでもないが、「現地音≠英語風≠世界標準」である。外国の人名・地名を英語風に覚えても、それは英語圏で役立つだけであって、それ以外の地域では必ずしも通用しない。また、現在ではむしろ、英語名より現地名を優先する傾向がある。例えば、ベルギーの首都は、かつては「ブラッセル」と英語風に呼ばれることが多かったが、現在では「ブリュッセル」と現地風に呼ばれることが多い。
 中国(台湾含む)の固有名詞にも、中国語名と英語名が異なるものが少なからず存在する。具体的には以下のようなものだ。

漢字表記ピンイン表記グーグルマップ英語版の表記備考
香港XiānggǎngHong Kong
九龙JiǔlóngKowloon
澳门ÀoménMacau
基隆JīlóngKeelung
金门JīnménKinmen
香格里拉XiānggélǐlāShangri-La
呼和浩特HūhéhàotèHohhot
哈尔滨Hā'ěrbīnHarbin
乌鲁木齐WūlǔmùqíUrumqiウィキペディアの項目名Ürümqi
拉萨LāsàLhasa
黄河HuánghéYellow River
长江ChángjiāngYangtze River
珠江ZhūjiāngZhujiang Riverウィキペディアの項目名Pearl River


 旧植民地の地名や少数民族語の地名が中国語名と異なる名前で呼ばれることは充分納得できる。イギリスの小説に由来するシャングリラも同様だ。
 だが、中国語名と英語名が異なるのは、旧植民地や非中国語由来の地名だけではない。黄河や珠江のように、Yellow River, Pearl Riverと意訳されるものもある。

 つまり、「日本人は中国の人名・地名を英語風に覚えるべきである」ということは、黄河をイエロー川と呼べということなのだ。これは揚げ足取りでも混ぜっ返しでもない。なぜなら、話題になっているのは、英語圏の人とのコミュニケーションだからである。これはすなわち、中国語名と英語名が異なった場合は、英語名を優先すべきと言っていることになる。

 なお、漢字圏以外の主要な言語では、黄河は以下のように呼ばれている。

フランス語:Fleuve Jaune [1], Huang He [2]
ドイツ語:Gelber Fluss [3]
イタリア語:Fiume Giallo [4] [5], Huang He [5]
スペイン語:Río Amarillo [6]
ポルトガル語:Rio Amarelo [7]
ロシア語:Хуанхэ [8]
インドネシア語:Sungai Kuning [9]

 いずれも「黄河」の意訳か「Huánghé」の音訳であり、「イエロー」などとは言っていない。


 嘘である。

ドイツ語:Peking [10]
スペイン語:Pekín [11] [12]
ポルトガル語:Pequim [13]
ロシア語:Пекин [14] [15]

 そもそも、「ペキン」という名称自体が西洋由来のものである。江戸時代には、日本人が中国へ行くことはほとんどなく、中国に関する知識はむしろ西洋経由で入ってくることが多かった[16]。北京を「ほくけい」ではなく「ペキン」と読むのも、「北京」という地名が西洋人による音訳を通して日本に伝わったことに由来している。
 また、英語でも、都市自体はBeijingと呼ぶことが多いが、「北京原人」や「北京ダック」などの語では、Peking Man, Peking duckのように、Pekingという語形が使われる。なお、英語では、Peking/pì:kíŋ/と発音する。


 そもそも、「海外の人と話す=アメリカ人と英語で話す」という発想がおかしい。


 しかし、日本人と中国人が会話していて、Chéng LóngWáng JiāwèiWú Yǔsēnを共通の話題にできないことは変だと思わないようだ。

 中国の経済発展により、現在、中国には多くの日本企業が進出している。また、「爆買い」という流行語にも象徴されるように、訪日中国人の増加も著しい。そして、それに伴って中国語の重要性も増している。
 今や、「海外の人と話す」ことについて語るならば、「中国人と中国語で話す」ことを忘れてはならないのだ。

 さて、このような発言には、当然ながらいくつもの反論が寄せられている。




 もちろん、反論のすべてが正しいわけではない。


 少なくとも、「ペキン」に関しては、「漢字を共有しているゆえの昔から慣れ親しまれている呼び方」ではない。前述の通り、これは西洋経由の呼称である。


 フランス語で北京はPékinだが、その発音は、/pekε̃/であり、仮名で表すならば、むしろ「ペカン」が近い。


 広東語の「北京」はBāk gīng(イェール式)であり、仮名で書くならむしろ「バッギン」である。これについては、次のようなコメントがつけられている。


 さて、中国の固有名詞を日本語読みするか中国語読みするかというのは、議論する価値のあるテーマである。だが、そこに英語の出番はない。


[1] Fleuve Jaune
[2] 「プチ・ロワイヤル和仏辞典 第2版」 旺文社
[3] Gelber Fluss
[4] Fiume Giallo
[5] 「和伊中辞典」 小学館
[6] Río Amarillo
[7] Rio Amarelo
[8] Хуанхэ
[9] Sungai Kuning
[10] Peking
[11] Pekín
[12] 「≪改訂版≫ スペイン語ミニ辞典」 白水社
[13] Pequim
[14] Пекин
[15] 「ロシア語ミニ辞典」 白水社
[16] 「本が好き、悪口言うのはもっと好き」 高島俊男 文春文庫