アニ
@gorotaku

ドラゴンボールは「主人公は標準語」の稀な反例に見えるけど、あれって連載開始時はむしろブルマが主人公ポジションにいたってことかもね / “役割語と翻訳、「外国人」のステレオタイプに関する読み物をいくつか紹介 - 思索の海” http://htn.to/bwQxu2

4:00 - 2015年9月18日

 主人公が<標準語>を話さない作品といえば、最近のものでは、「わかば*ガール」(原悠衣 芳文社)がある。この漫画の主人公、小橋若葉はお嬢様という設定であり、(1)~(2)のような典型的な<お嬢様言葉>を使う。

(1) ごきげんよう~ (p.3)

(2) 第一志望はそこでしたわ (p.4)
§

 「わかば*ガール」は、小橋若葉黒川真魚真柴直時田萌子という4人の女子高生の日常と友情を描いた4コマ漫画である。この作品のメインキャラクター4人のうち、若葉以外の3人の言葉づかいには、以下のような特徴が見出せる。

イ:黒川真魚
(3) まおも自分のことまおって言っちゃうんすよー (p.5)

(4) ほんじゃ柴さんとかどぉ? (p.7)

(5) これは変われるいいチャンスなんだよっ (p.42)

 若葉とは対極的に、真魚の言葉づかいにはあまり女性的な要素は感じられない。また、特徴としては、(3)のように「~す」という文末表現を使うことがあるという点が挙げられる。

ロ:真柴直
(6) 何でボクだけちゃんじゃないんだよ (p.6)

(7) ギャルゲーじゃねえか!! (p.22)

(8) でも絶対傷つかない方法もあるんだぜ (p.41)

 直の言葉づかいは真魚以上に女性的な要素が少ない。その言葉には、(6)のような「ボク」という自称や(7)の「ねえ」のような母音融合、(8)のような終助詞「ぜ」なども含まれ、女性的でないというより、むしろ<男言葉>を使うと評した方がよいくらいだ。

ハ:時田萌子
(9) まおちゃんはどうしてこの学校を選んだの? (p.4)

(10) どうせ私は着れないし 若葉ちゃんの方が似合ってるよ! (p.52)

 主要キャラクター4人の中では、萌子の言葉づかいがいちばん特徴が少ない。(9)~(10)に引用した台詞のように、自称、文末表現、訛りのいずれにも、強い個性を主張する要素は見いだせない。


 役割語という概念は、提唱者である金水敏氏により、次のように定義されている。

ある特定の言葉づかい(語彙・語法・言い回し・イントネーション等)を聞くと特定の人物像(年齢、性別、職業、階層、時代、容姿・風貌、性格等)を思い浮かべることができるとき、あるいはある特定の人物像を提示されると、その人物がいかにも使用しそうな言葉づかいを思い浮かべることができるとき、その言葉づかいを「役割語」と呼ぶ。

「ヴァーチャル日本語 役割語の謎」(金水敏 岩波書店) p.205

 この定義について、西田隆政氏は、職業・階層などの社会的な属性と紐づけられる役割語と、性格的な属性と紐づけられる言葉づかいとの間には違いがあるとして、後者を「属性表現」と呼び、以下のように定義している[1]

a 現実の世界でおこなわれる表現とは直接的にむすびつかないというヴァーチャル性をもつ。
b 特定の言語表現とさししめす人物像とに関連性がある。
c 言語表現のさししめすのは人物の全体像ではなく部分的な属性である。
d 言語表現のさししめす属性は現実の世界における存在の裏づけがない。
e 「属性表現」の使用されるキャラクターには性格の統一性がなくキャラクターの破綻ともとれるような例がある。
f 「属性表現」は一般的にはしられているものではないもののその属性自体が社会的な地位や職業として認識されることで役割語となる可能性がある。

「「属性表現」をめぐって : ツンデレ表現と役割語との相違点を中心に」 p.9

 aとbは役割語と属性表現の共通点、cとdは相違点、eとfは属性表現の特徴とされている。

 論文では、ツンデレキャラを例に挙げ、ツンデレ表現(「か、勘違いしないでよね。」など)はツンデレキャラを想起させるものであるが、現実の社会ではこのような表現は用いられていないと述べている。そして、このことは、現実の博士や上司が<博士語>や<上司語>を使っていないにもかかわらず、<博士語>、<上司語>などの役割語がそれぞれ「博士」、「上司」というキャラクターを想起させることに通じているとしている。
 その一方で、「ツンデレ」や「ボクっ娘」のような性格的な属性が、「博士」のようなトータルな人物像ではなく、キャラクターの部分的な属性である点を挙げ、役割語と属性表現の相違点としている。
 西田氏はさらに、役割語と紐づけられる社会的な属性が一般社会で認知されたものであるのに対し、属性表現と紐づけられる性格的な属性は一般社会では充分認知されていないと述べている。
 また、役割語はキャラクターの人物像を明確に示すために用いられるものであるのに対し、属性表現は作中においてそのキャラクターの個性を際立たせるために用いられるものであるとしている。

 一方、小松満帆氏は、「魔法少女まどか☆マギカ」を例に挙げ、西田氏が示した「ヴァーチャル性」・「現実の世界における存在の裏づけがない」という属性表現の定義では、性格的な属性と紐づけられる言葉づかいを網羅することができないとしている[2]
 すなわち、鹿目まどかの言い淀みや言いさしを多用する話しぶりは「おとなしく気が弱い」という性格を、美樹さやかの少年のような話し方は「明るく活発」という性格を連想させるが、このような話し方をする少女は現実世界にも存在すること、また、「おとなしく気が弱い」性格や「明るく活発」な性格は一般社会で充分認知されたものであることを示し、属性表現は必ずしも非現実的なものに限られるわけではないと述べているのである。


 「わかば*ガール」の場合、若葉の社会的属性は「お嬢様」であり、その言葉づかいは社会的属性に基づいた役割語である<お嬢様言葉>と考えられる。一方で、若葉以外の3人については、「女子高生」以外の社会的属性は明らかにされていない。すなわち、作中で示されている真魚、直、萌子の社会的属性は同じということになる。したがって、この3人は皆異なる言葉づかいをするが、これは社会的属性に基づく役割語ではなく、性格的属性に基づく属性表現であると考えられる。

 上で述べた通り、真魚の台詞では「~す」という文末表現が印象的だが、この「~す」は下っ端・若者・後輩キャラを示す文末表現であり[3]、この言葉づかいから軽薄でちゃっかりした人物像を連想するのは難しくない。つまり、真魚の言葉づかいは「軽薄でちゃっかりとした人物」という性格的属性を示す属性表現と言える。

 直の言葉づかいには、(6)~(8)のような男性的な特徴が見られるが、ここからはボーイッシュなキャラクターを連想することができる。すなわち、直の言葉づかいは「ボーイッシュな人物」を示す属性表現と言える。

 萌子の言葉づかいには特徴らしい特徴がないが、これも、「普通の少女」という萌子の特徴に基づく属性表現と考えられよう。

 さて、前述の通り、西田氏は、属性表現を、「現実世界では認知されていない性格的属性を示す言語表現で、現実世界でおこなわれる言葉づかいとは直接的に結びつかないヴァーチャル性を持つもの」と定義している[1]。それに対し、小松氏は、リアルな属性と紐づけられたヴァーチャル性の低い属性表現もあると反論している[2]
 それでは、「わかば*ガール」の登場人物の言葉づかいはヴァーチャル性が高いものなのだろうか、それとも、ヴァーチャル性の低いものなのだろうか。

 まず、若葉の言葉づかいは言うまでもなくヴァーチャル性が高い。現実世界には、<お嬢様言葉>を使うお嬢様はそうそういない。

 真魚の「~す」という文末表現は、現実でもよく聞くものである。だが、「す」は「です」が変化したものであり、軽い丁寧語として用いられる表現である。しかし、真魚は決して下っ端キャラではないし、また、同級生に丁寧に接しているわけでもない。つまり、真魚の「~す」という文末表現は、通常の用法とはずれているのだ。となると、真魚の話し方はヴァーチャル性が高い……と判断したくなるが、そうとも言い切れない。なぜなら、真魚は必ずしもいつも「~す」と言っているわけではないからだ。ふきだし1つを1発言とすると、真魚の発言数は第1話前半で27、第5話後半で14。そのうち、「~す」という文末表現を用いているのは、第1話前半で4発言、第5話後半で3発言と、決して多くはない。(4)、(5)のような言葉づかいは現実でもよく聞くものであり、ヴァーチャル性が高いとは考えづらい。以上より、真魚の言葉づかいのヴァーチャル性は「低~中」と考えるのがよさそうだ。

 直は、(6)のように「ボク」という自称を用いることがある。「ボク」という自称を用いる少女がヴァーチャル性の高い存在であることについては、西田氏も言及している[1] [4]。2009~2010年に中学生を対象におこなった調査でも、「ボク」という自称を用いる女子は、全体の1.2%と、はなはだ少ないという結果が出ている[5]。しかしながら、これだけで直の話し方はヴァーチャル性の高いものであると判断することもできない。なぜなら、直が「ボク」という自称を使っているのは第1話の前半だけだからだ。それ以外の場面での<男言葉>の使用は、現実でも聞くものであって、ヴァーチャル性が高いとは言えない。真魚同様、直の言葉づかいのヴァーチャル性も「低~中」と考えるのがよさそうだ。

 また、萌子は、前述の通り、特徴らしい特徴のない、最も標準的な言葉を使う。そのヴァーチャル性は低い。


 典型的な役割語は、脇役が発する記号的な台詞において多用される。内面や個性が丁寧に描写される主人公に対し、脇役は読者・視聴者にとって重要度が低いため、型通りのわかりやすい人物描写で済まされることが多いのだ[6]。その一方で、主人公は、読者・視聴者にとって自己同一化しやすい言葉である<標準語>[7]を使うことが多い[6]

 では、なぜ「わかば*ガール」では、主人公が記号的な役割語を使っているのだろうか。
 連載開始前の予告を見ると、当初、「わかば*ガール」は、お嬢様の若葉と庶民の萌子を中心とした漫画になる予定であったことがわかる[8]。紹介文に「世間知らずの若葉に総ツッコミの毎日はもう大変!」とあることから、若葉はあくまで突っこみを入れられる客体であり、読者は萌子を代表とする庶民サイドに自己同一化することが意図されていたのだ。このことは、第1話が萌子のモノローグで始まっていることからもうかがえる。
 萌子が<標準語>を使い、若葉が記号的な役割語を使うのも、最初は萌子が読者の自己同一化の対象であったことの名残と考えられる。すなわち、当初は萌子が主人公のポジションにいたということだ。冒頭で引用したツイートでアニ氏が挙げている「ドラゴンボール」の例と似たようなものだ。


[1] 「「属性表現」をめぐって : ツンデレ表現と役割語との相違点を中心に」 西田隆政
[2] 「役割語と「属性表現」の検証」 小松満帆
[3] 「<役割語>小辞典」 金水敏:編 研究社
[4] 「「ボク少女」の言語表現 : 常用性のある「属性表現」と役割語との接点」 西田隆政
[5] ボク少女
[6] 「ヴァーチャル日本語 役割語の謎」 金水敏 岩波書店
[7] 書き言葉や公的な話し言葉から、通常は「東京方言」として標準語の範囲から逸脱したものと見なされる乱暴な話体までの広い範囲を指す[6]
[8] 乙女通信 1st Kiss