「オワコン」というネットスラングがある。「終わったコンテンツ」の略で、主に、ブームが過ぎ去ったものを馬鹿にする時に使われる。二昔前のギャル風に言えば、「ふっる~い!」「おっくれってる~!」ということだ。
 すなわち、「オワコン」という言葉を使いたがるのは、トレンディーでナウなヤングにバカウケであることに価値を見出す人なのである。言い換えればミーハーだ。
 さて、「オワコン」というネットスラングは、元々アニメ関連の話題で用いられていたものだという[1]。アニメ関連のネットスラングの使い手というと、真っ先に思い浮かぶのは「典型的なおたく」。「オワコン」という言葉の使い手自身もそう思っているだろうし、周囲もその人をおたくだと考えていることだろう。
 一方、岡田斗司夫氏は、その著書で、おたくは自分で自分の好きなものを判断し、ファッションや流行にも流されない知的な存在であると述べている[2]。これは、ナウいことに価値を見出すミーハーとは正反対の人物像だ。
 これはどうしたことだろうか。

 考えられる理由としては、かつておたくと呼ばれた人はその多くが変わり者であったのに対し、今おたくと呼ばれている人には一般人が相当含まれているからというものがある。

 「オタク学入門」では、おたくは優れた視覚と独特の価値観を持つ早熟で知的なニュータイプとして、一般人とは一線を画す存在のように説明されていた。そこでおたくと呼ばれていたのは、クーラーを買う金があるのなら代わりにLD-BOXを買って当然という価値観を持つような、ある種の変わり者だ。
 だが、岡田氏が「オタク学入門」を著したのは1996年。20年近くも前のことである。今では、おたくを取り巻く環境も大きく変わった。

 1996年当時は深夜アニメも少なく[3]、アニメは子供の見るものという考えが強かった。「大きなお友達」という呼称が象徴するように、当時のおたくとは、子供番組を見る大人のことであったのだ。「オタク学入門」でも、おたくは子供番組を見るものであるということが当たり前のように述べられている。言うまでもなく、大人が本気になって子供番組を見ることはナウいことではない。大人らしい流行に背を向ける図太さがなければ、到底「大きなお友達」であり続けることなどできなかったろう。
 また、当時はインターネットもあまり普及していなかった[4]。当然、今と比べたら同好の士を見つけることは格段に難しく、トレンディーでない趣味の持ち主は自身がマイノリティーであることを自覚せざるを得なかったことは間違いない。マイノリティーであることに耐えられない人には、大人になっても子供番組を見続けることが難しかったであろうことは容易に想像できる。

 一方、今では深夜アニメが何本も放送されている。すなわち、大人がアニメを見ても、それは大人が大人番組を見ていることになる。大人は、最早招かれざる「大きなお友達」ではなく、番組のメインターゲットとなったのだ。いい年して子供番組を見ているという後ろめたさを感じることもない。大人がアニメを見続ける心理的なハードルは、確実に下がったと言えよう。

 また、深夜アニメを見る大人だけでなく、子供番組が好きな昔ながらの「大きなお友達」にとっても、今はずいぶん生きやすい世の中になった。インターネットが普及したからである。
 インターネットは、早い段階からマイノリティーの味方であった。桃井はるこ氏が「周囲にはアニメやゲームの話が通じる人がいなかったが、ネット上にはアニメとその原作の相違点について話をできるような人がいる」と述べていたように、インターネットの普及によって、多少マニアックな趣味を持っていても、比較的たやすく同好の士を見つけられるようになったのだ[5]

 さらに、2004~2005年にはおたくの恋愛を題材にした「電車男」がブームになり[6]、2005年には「萌え~」が流行語大賞に選ばれている[7]。2007年以降の聖地巡礼ブームにより、おたくは金づるとして世間の注目を集めることとなった[8]。昨今では、「クールジャパン」の美名の下、アニメやゲームは輸出産業として注目されている。こうして、アニメを見る大人に対する世間の偏見も、徐々に和らいできた。それどころか、ドル箱としてちやほやされている面すらある。

 後ろめたさがなくなり、マイノリティーであり続けることの重圧が弱まり、世間の偏見も和らぎ、さらに時にはちやほやされるとなると、アニメ視聴者の中にいわゆる一般人――ミーハーやキョロ充が増えてくるのも必然である。
 その一方で、アニメ、漫画、ゲームなどに熱中する大人は、相変わらず「おたく」と呼ばれ続けている[9]。だが、前述の通り、かつてはアニメなどにうつつを抜かす大人は変わり者が中心だったのに対し、今は必ずしもそうではない。結局、おたくの相当数は、「アニメを見るミーハー・キョロ充」なのである。ミーハーだから、流行遅れのものを「オワコン」と見下すのである。

 しかしながら、昔ながらの「自分で自分の好きなものを判断する」おたくがミーハー・キョロ充に駆逐されたというわけではない。
 インターネットが普及しても、愛好者の少ない趣味の持ち主が仲間を見つけづらいことに変わりはない。絶対的な趣味人口が少ないからである。ミーハー・キョロ充はこのような趣味には寄りつけまい。自身がマイノリティーであることを自覚せざるを得ないからである。必然的に、旧来のおたくのようなある種の変わり者ばかりが寄り集まることとなる。
 もちろん、流行のコンテンツにも、一定数の変わり者のファンがつくことに変わりはない。
 例えば、「魔法少女まどか☆マギカ」は専門誌ができるほどの大人気アニメだが、最初期のファンには、「自分たちだけが知っている」という感覚を持ち、作品をディープに掘り下げる、昔のおたくのような人が多かったと評されている[10]


 さて、しばらく前、「シロクマの屑籠」というブログの「オタクのソロプレイを続けるためには、才能が要る」という記事が話題になったが、ここに書かれているのも「アニメを見るキョロ充」のことである。

 シロクマ氏によると、ひとりで趣味を長く続けていくと(ソロプレイ)、年を取るにつれて実生活での人間関係との競合が生じて、趣味に投下するリソースを減らさざるを得なくなるという。その一方で、コミュニティーに属していれば(マルチプレイ)、趣味と実生活での人間関係がリンクしているため、趣味に投下するリソースを減らさなくても済むという。

 では、そもそも、おたくにとってコミュニティーはどのような役割を果たしているのだろうか。

 最初に思い浮かぶのは、後継者の育成という役割だ。
 後継者の育成というと大仰だが、要するに、単なるアニメ好きに毛が生えたレベルの新人が、濃い先輩に感化されて、自分も濃いおたくへと成長していくことのできる場所ということである。学校のおたく系クラブなどは、典型的な後継者育成機関である。こういう所には、大抵濃いメンバーが何人かいるものだ。自分の過去を振り返っても、中学の部活や大学のサークルで知り合った濃い相手からは、確実に影響を受けている。

 次に考えられるのは、コレクションを貸し借りするという役割である。
 ビデオが普及する前、ビデオデッキを持っていないおたくは、友達の家を訪問してビデオを見せてもらうことが常だったという。ビデオデッキを持っていてもテープを持っていない場合は、これまた友達のコレクションをダビングさせてもらっていた。そのため、昔のおたくはコレクションを貸し借りするために、強固なコミュニティーを形成していたという[2]

 3つ目の役割としては、議論や意見交換、布教や情報収集の場というのが挙げられる。
 例えば、おたく系クラブ内では、時折本の回し読みやアニメの上映会などがおこなわれるが、単に観賞して終わりというわけにはいかない。必ずと言ってよいほど、今見た本やアニメの内容についての、一見さんお断りの濃い議論が始まる。このような濃い議論は、当然濃いおたくが集まる場でないと繰り広げられない。
 そのようなイベントを抜きにしても、おたくコミュニティーが情報の集まる場であることに変わりはない。黙って話を聞いているだけでも、古今東西の名作の話題などが耳に飛びこんでくる。情報を提供する側も、同好の士を相手にした方が、期待した反応が得られて張り合いがあるというメリットがある。

 このように、おたくコミュニティーにはいろいろな役割があるが、これらの役割が年を取っておたくを続けるのに必須かと問われれば、必ずしもそうではないという答えになろう。

 1つ目の役割は、趣味を長く続けている人よりも、むしろ、初心者とってのメリットだ。自分のスタイルを確立した人には、ロールモデルは必要ないからである。

 また、2つ目の役割だが、録画・再生機器が普及した現在、わざわざコミュニティーを作ってまで貸し借りし合うようなものは、人気番組の録画などではない。むしろ貴重な本や映像だろう。貴重な資料を求めるならば、地元の趣味仲間との細々とした交流などでは満足できまい。大規模のネットワークが必要となる。これは最早、実生活と競合するレベルのマルチプレイだ。そして、このようなことをするのは相当濃い人に限られる。

 3つ目の役割は、インターネットの普及により、その必要性は大いに下がった。作品について論じ合うにしても、情報を仕入れるにしても、自分の好きな作品を布教するにしても、掲示板やファンサイトなどが充分にその場を提供してくれる。
 なお、シロクマ氏は、インターネット上のコミュニティーについて次のように述べている。

 オンラインだけの人間関係は、交換可能で、いつでも切れて、実際、すぐ切れる。短期的には、そうしたオンラインなマルチプレイは相応に情熱を下支えするだろうし、情報をもたらしてくれるけれど、長期的にみると、趣味を下支えしきれないのではないか。第一、サムネイルアイコンはみえても顔の見えない関係である。「オンラインでキャッキャウフフしていれば趣味人としてノープロブレム」という見方は、私はテクストを信用しすぎだと思う。顔や表情がみえる効果、身体性を伴ったコミュニケーションの効果を、過小評価しすぎだとも思う。人間は、純粋なテクスト情報生命体じゃない。

 交換可能ですぐ切れる人間関係で何の問題があるのだろうか。仲間とキャッキャウフフすることではなく、作品について議論したり、意見や感想を述べたり聞いたりすることが目的ならば、その場限りの関係でも何も困ることはない。サムネイルアイコンどころか、名無しの有象無象相手でも、充分目的は達せられる。実際、今日もあちこちで名無しさん同士が熱い議論を戦わせているのだ。

 また、趣味のコミュニティーはメリットだけの存在ではない。

 デメリットとしては、例えば、しがらみが生じるため、他の趣味に鞍替えしづらいというものがある。
 いくらおたくとはいえ、ずっと同じジャンルに操を立てているわけではない。だが、趣味と人間関係が直結している場合、他の趣味に鞍替えすることは、人間関係をリセットすることにつながる。結果、興味がなくなっても惰性で続ける羽目になったり、強引に関係を解消したせいで後腐れが残ってしまったりする。
 これが決して珍しいものではないことは、「田村ゆかりのファンを辞めたいのにコミュニティがあって辞めづらくて辛い」というスレッドへの反応などからもうかがえる。

 さらには、マルチプレイはソロプレイよりも金と時間がかかる点も挙げられる。すなわち、交際費と交際に要する時間だ。
 例えば、仲間と酒を飲むとなれば、最低でも3000円、2時間は見ておかねばなるまい。3000円もあれば文庫本を4~5冊は買える。また、2時間というのは映画1本、あるいはアニメ4話を見るのに要する時間だ。一方、ソロプレイのおたくは、その分の金や時間を自分の好きに使うことができる。
 シロクマ氏は、ソロプレイのおたくを貫徹するためには金銭と時間が必要と言っているが、実際は逆で、マルチプレイこそ金銭と時間が必要なのだ。

 また、シロクマ氏は次のようにも言っている。

 対照的に、交友関係や生活半径のなかに自分と同じオタク趣味の理解者や愛好家が複数いる場合は、趣味へのリソース投下は、暮らしやコミュニケーションとは完全に競合するわけではないので、暮らしや人間関係のために趣味へのリソースを削らなければならない、なんてことも起こりにくい(起こったとしても程度が少なくて済む)。むしろ、人間関係の鎹として役立つようであれば、その趣味へのリソース投下が加速されることさえあるかもしれない*1。

 一応、「もちろん、程度がひどくなればIT業界で言われたところの「接待のためにまどか☆マギカを見に行く」的問題が起こるわけだが」という注意書きはついているが、程度がひどくなくても、人間関係維持のために趣味にリソースを投下している時点で接待以外の何ものでもない。たとえるなら、クラスで仲間外れにされないためだけにゲームをほしがる小学生のようなものだ。自分で自分の好きなものを判断することとは正反対の行為である。

 このように、旧型の変わり者をおたくの基準として考えると、シロクマ氏の発言は的外れに思える。
 だが、上で述べたように、おたくの定義を「アニメを見るミーハー・キョロ充」に変えてみると、シロクマ氏の発言は実にしっくりくるものとなる。

 ミーハーやキョロ充は、コンテンツそのものには大して興味がない。この類の人々は、コンテンツそのものよりも、流行りのコンテンツを肴につるむことの方が好きな種族なのである。暮らしやコミュニケーションに全く資するところのない趣味に時間や金銭や情熱を費やし続けられないのは、趣味自体はそれほど大事なものではないからなのである。また、人間関係に役立つのならその趣味へのリソース投下が加速されるというのも、趣味はそれ自体が目的なのではなく、交流のための手段にすぎないからなのである。
 「対象コンテンツに対する純粋な欲求の高さ」「空想力&自家発電能力」「情熱の自己循環システム」などは、熱心な愛好者ならば持っていても当然のものばかりだ。それをあたかも特異な才能であるかのように述べていることからも、シロクマ氏が想定しているのが、趣味そのものに情熱を持っているわけではないキョロ充であることがわかる。


[1] おわこん(終わコン)
[2] 「オタク学入門」 岡田斗司夫 太田出版
[3] 視聴率から振り返る「テレビアニメ」の歴史
[4] 統計調査データ:通信利用動向調査:報道発表資料
[5] 「電撃萌王」 Vol.01 p.81 メディアワークス
[6] 電車男
[7] ユーキャン新語流行語大賞
[8] 巡礼 (通俗)
[9] おたくはアニメおたくだけでないという反論があるかもしれないが、コーパスで実際の用例をざっと見てみた限り、「おたく」が裸の状態で使われる場合、多くは「アニメ、漫画、ゲームなどに熱中する人」を指している。それ以外の趣味に没頭している人を指す場合は、「鉄道おたく」、「軍事おたく」のように、「○○おたく」と趣味の名を冠することが多い。
[10] 「魔法少女まどか☆マギカ 公式ガイドブック」  Magica Quartet:原作 まんがタイムきらら:編 芳文社