男言葉・女言葉はどこ逝った (言語学板

1 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2006/06/05(月) 17:17:02
「だぜ」、「ですわ」など聞かなくなった
 社会言語学の分野では、昨今のジェンダー研究の高まりと呼応して、男女の言葉づかいの区別の研究が盛んにおこなわれている[1]
 例えば、水本光美氏は、2004年に首都圏の女性を対象に、女性文末詞の使用実態について調査をおこなっている。この調査によると、女性文末詞のうち、終助詞「わ」を使用するのは40代以上に限られたという。また、「体言+よ」、「体言+ね」、「かしら」などの文末表現は、40代では比較的よく用いられていたものの、30代では大きく減少、20代では皆無であった[2] [3] [4]
 このような、年齢が下がるにつれて<女言葉>の使用頻度が下がる現象が言語調査によって確認されたのは、別に最近のことではない。
 例えば、1990年代前半には、家庭内での会話を分析して使用言語の実態を調べるという研究がおこなわれているが、その研究結果も、20代女性はその母親世代と比べて「わ」や「かしら」などの女性文末詞を使う頻度が下がっているということを示している[2]。また、1996年に首都圏の大学生を対象におこなわれた調査でも、女子大学生は「わ」に代表される典型的な<女言葉>を使っていないことが明らかになっている[3] [5]
 一方、<女言葉>の研究に比べて、<男言葉>の研究はあまり進んでいない[6] [7]

152 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/07/25(水) 21:19:33 0
女言葉はもはやオカマしか使わないからな。
こうなるともう、女性の言葉として復活することはないだろう。


153 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/07/25(水) 21:33:22 0
使うことは使うんじゃないか?
ところで男言葉について殆ど誰も語らないな。こういう話になると。


155 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/07/27(金) 12:12:17 0
学者も男言葉については何も語らないよな
自分にとっては当たり前すぎて研究対象にならんのかね?

 必ずしもそうだからとは言えない。例えば、「ジェンダーで学ぶ言語学」(中村桃子:編 世界思想社)を見てみると、<女言葉>やフェミニズムに関する論文が多い中、男の言葉をテーマにした「「男ことば」の歴史」が目を引くが、これは男性研究者である金水敏氏によるものだ。
 また、女性研究者だから<男言葉>について客観的に正しく考察できるかといえば、そうとも限らない。例えば、女性研究者の手による「翻訳がつくる日本語」(中村桃子 白澤社)。この本の第2章、第6章は<男言葉>をテーマにしているが、その内容が素人にも明らかに間違いとわかる代物であることは、以前述べた通りである[8]

 さて、そもそも、<男言葉>・<女言葉>というのは何なのだろうか。

467 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2010/02/10(水) 20:02:56 0
口頭なら声の高さで男女の違いはわかるし

フォーマルな言葉遣いはですます・敬語で
中性的だしそもそもマスターしてる人ばかりでもない

そうなると男女言葉は
インフォーマル=流行り廃りがある=でも必ずしも必要じゃない
となればそりゃ廃れるわ

というかもともとあんまり無かったものだろう

 実際、1952年に国語審議会によって出された「これからの敬語」にも明記されているように、公の場での話し方は(1)のような「です・ます」調の敬体であって、そこに男女差はない。男女差が表に出るのは、むしろ私的な会話においてである[9]

(1) もともとホラー映画は好きだったので、うれしかったです。怖いの平気なんです。キャーキャー言いながら観ちゃうんですよね! だから、ホラー映画は「やってみたい!」って思っていました。

『オトシモノ』沢尻エリカ 単独インタビュー - シネマトゥデイ

 要するに、<男言葉>・<女言葉>というのはタメ口なのである。

 また、男女差のはっきりした言葉づかいは、現実の会話より、むしろ吹き替えやフィクションの台詞で多用されている。すなわち、<男言葉>・<女言葉>というのは、専ら話し手が「男」・「女」であることを示す役割語として用いられているのだ。
 例えば、漫画の場合、男女差を強調した言葉づかいは脇役に多く見られ、その一方で、主人公は男女問わず中性的な話し方をする傾向が強いという研究結果が存在する[10]。テレビドラマの登場人物の場合、<女言葉>は、知的職業、山の手の奥様、箱入り娘、気取った女性、おかまなどの、特定の人物像と結びついている[4] [11]。また、リアルな言葉づかいは、フィクションの中の男が使うとおかまっぽく、女が使うと男まさりっぽく響いてしまうため、記号的な描写で済まされる脇役の台詞ではついつい避けられがちである[12]
 このような特徴は、いずれも役割語の特徴に一致する。

 しかしながら、フィクションの台詞であっても、男女差を表に出した話し方は私的なものであるという原則に変わりはない。
 演出としてTPO問わずタメ口を使うキャラも存在するが[13]、そのような特別な意図がない限り、フィクションの登場人物であっても、親しくない人との会話やあらたまった場での発言では、男女差の少ない敬体が用いられることが多い。
 例えば、(2)~(3)は同じキャラクターの台詞だが、親子の会話では(2)のようなくだけた言葉づかいが用いられているのに対し、親しくない相手に対しての発言では、(3)のように敬体が用いられている。

(2) そうね、そのほうがいいわね (A: p.121)

(3) ええ、こんな物があること自体、忘れてました。 (A: p.120)

7 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2006/06/07(水) 18:14:05
女言葉って現オカマ言葉だね


36 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2006/06/16(金) 03:02:41
おすぎとピーコが伝統的女言葉の継承者であることについて。

 役割語は、フィクションの台詞で用いられるだけでなく、現実の会話でも「仮面(ペルソナ)」として用いられる[1]。<男言葉>や<女言葉>にしても、男らしさや女らしさを強調する際にことさらに用いられる。おかま、ニューハーフ、オネエ、ドラァグクイーン、女装家……などと呼ばれる人は、現実・虚構問わず、過剰なまでに<女言葉>を使うが、これも自らの女性性を強調するための「仮面(ペルソナ)」としての役割語の例である。
 なお、当事者や関係者にとっては、おかま、ニューハーフ、オネエetc.の言葉づかい(<オネエ言葉>)は<女言葉>とは別物らしい。あくまでも部外者との差別化のためにゲイコミュニティーの中で継承される言葉づかいであって、<女言葉>の特徴を誇張した、いわば<女言葉>のパロディーだという[6] [14]。さらに、「「おネエことば」論」(クレア・マリィ 青土社)では、ゲイコミュニティーで使われる「おネエことば」と、オネエタレントがテレビなどで演出のために用いる「おネエキャラのことば」を区別して論じている。
 しかしながら、<オネエ言葉>も<女言葉>と同じく体言的な言葉づかいであり[15]、また、語彙的にも<女言葉>におおむね包摂される[16]。つまり、表面的な形に大差はないのだ。そもそも、パロディーというのは基本的に元ネタありきのもの。<オネエ言葉>は<女言葉>の変形と考えても大きな問題はないだろう[17]

34 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2006/06/16(金) 00:49:13
こういうのって日本語だけなのかな?
イタリア語にも少しあるけど
molto lieto(男が言う場合)

molto lieta(女が言う場合)
になるぐらい。
男性名詞女性名詞はあるけど男女別の言い回しはあまり多くない

 それは<男言葉>・<女言葉>ではない。
 名詞に性を持つ言語は少なくないが、それはあくまで文法的な要素であって、日本語の<男言葉>・<女言葉>のような文体の問題ではない。

 34が例として挙げた"molto lieto"だが、これは要するに"Io sono molto lieto.(私はとても嬉しい。)"ということであり、補語である形容詞lieto(嬉しい)が主語io(私)の性に応じて変化しているだけだ。話し手の性と形容詞の性が一致するのは、あくまで主語がioだからにすぎない。イタリア語の形容詞や過去分詞の性・数の変化は、主語や目的語や被修飾語に応じて起こるものであり、話し手の性・数とは関連しないのだ。

(4) Questo fiore è bello. (この花は美しい。)

(5) Questa casa è bella. (この家は美しい。)

(6) Questi fiori sono belli. (これらの花は美しい。)

(7) Queste case sono belle. (これらの家は美しい。)

 (4)~(7)では、主語(fiore, casa, fiori, case)の性・数(それぞれ男性単数、女性単数、男性複数、女性複数)に応じて形容詞questo(この)、bello(美しい)も変化している。そして、さらに重要なのは、話し手の性別や人数にかかわらず、「この花は美しい。」と言う場合はquestoとbelloは男性単数形になり、「これらの家は美しい。」と言う場合は女性複数形になるということだ。

39 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2006/06/16(金) 19:57:36
うちは大田区だが、母親世代はもとより
20代の妹や従妹でも比較的「~かしら」とか使う。
逆に祖母は関西出身なので、あまり女言葉っぽい言葉は使わないな。


41 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2006/06/16(金) 20:32:44
東京では「~かしら」は必ずしも女言葉ではないかも。
父親も含めて叔父さんたちは割と使ってたよ。
一昨年に定年退官した隣のゼミのじいさん教授も使ってたし。


42 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2006/06/16(金) 20:42:02
「~かしら」「~のよ」「~わ」などは頻度は女性より落ちるものの、
東京では男性も使いますね。


43 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2006/06/16(金) 21:56:33
>>39
そりゃ判別出来ていないだけだろうよ。
関西的な女言葉をお祖母さんは使っているはず。
男言葉と女言葉の差異は西日本方言の特色で、関西方言も勿論例外ではない。
有名な例としては「うち」という一人称表現がある。
これは関西弁では東京の「あたし」に対応する典型的な女言葉なんだが、
関東では女言葉としての性質はほとんど理解されていない。
いま絶滅しつつあるのは、
西日本から移植されたもので、実は隔絶した「言葉の孤島」になっている
伝統的な東京方言の女言葉だけの話だからね。
西日本の方言では永い言語的伝統として依然として健在だ。
この絶滅は、女言葉の一方的消滅というより、>>41の指摘のように
一部の女言葉は男女共用となって生き残るという形で進行中だ。
>>42
そのうち「~わ」の男女共用表現だけは西日本式表現そのもの(おそらく愛知以西)。
西日本では男女共用なのに、東京でだけは女言葉として固定された珍しい例。
「~のョ」は古い時代から東京方言では男女共用だったらしい。

 「かしら」は男女共用になって生き残った<女言葉>ではない。元々男女共用だったが、昭和期に<女言葉>と見なされるようになった言葉だ[18]。また、終助詞「わ」は江戸時代の資料にも見られるが、当時の江戸でも男女共用表現として用いられていた。ただし、江戸時代の「わ」は、現在の<女言葉>とは異なり、下降調で発音されたと考えられている[1]

58 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2006/06/18(日) 15:35:17
ここで上がってるような「女言葉」は明治になってから出来た。
それまでは男女の言葉の差はあまりなく、むしろ身分による
言葉の差が大きかった。
だから、比較的身分が高ければ、女性が「おれ」を普通に使ってた。


59 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2006/06/18(日) 16:13:38
>>58
「おれ」を男女共用で使うのは東日本の「身分が低い」香具師だったんだが。
(身分はともかく東日本の農漁村では今でも同じく男女共用だ)
「おれ(をれ)」は「われ」の母音交代形で
非常に歴史の古い一人称代名詞なんだが、
これは徒然草にも言及があるように
鎌倉時代からずっと「東国」の「野卑」で「下品」な表現の代表だった。
男女差や敬語法など日本語の複雑な待遇的・身分的表現は、
近代標準語が東京方言を基本に制定される以前の前近代には、
基本的にすべてにおいて畿内・西国方言のものが
「上等」で「正統」で「上品」なものであるという価値を独占していたので
(今の共通語でも上等な待遇表現はほぼ全て近世の畿内語起源で西日本的。
唯一「いる」と「おる」だけが待遇度の東西逆転をしている)
東国的な表現の代表とされていた「おれ」を
身分の高い香具師が敢えて堂々と使うことはなかった。

 江戸時代までは「俺」は男女共用の自称であったが、江戸時代後期には下品な語と見なされるようになり、上層女性の間に「俺」を嫌う傾向が現れた[19]。江戸時代前期でも、「俺」は同輩以下の親しい相手に対して用いる自称であって、敬意の高い話し方では使われてはいなかった[20]

60 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2006/06/18(日) 17:24:15
>>58
・明治以降の産物である
・身分による違いが主だった
で、結局何が言いたいの?

男言葉や女言葉は不要とでも?

 不要に決まっている。上で述べた通り、<男言葉>・<女言葉>というのは、要するにタメ口だ。「タメ口」というカテゴリーの言葉づかい自体は必要であっても、具体的な1つ1つのスタイルは決して必要とされるものではない。

65 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2006/06/19(月) 10:35:02
解りやすい語尾なんかでは、男言葉と女言葉の差異は消滅しつつあるけど、
言い回しや使う単語等、男女で相当な差異が存在すると思うがな。


69 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2006/06/19(月) 18:06:00
>>65さんの言うように、言い回しとか単語の選択等で男女の違いは確かにあるだろう。
>言い回しや使う単語等、男女で相当な差異が存在すると思うがな。
「思うがな。」という言い回しなんか、男言葉ではないか?


71 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2006/06/19(月) 22:06:24
「思うが。」なら男女区別ないのでは?
結局は、「な」が男言葉、「ね」が女言葉みたいな
ことでしかない話になってしまう・・・。


72 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2006/06/19(月) 22:38:27
社会人としての会社での仕事上での話し方なんかは男女差が消滅しつつあるんだろうけど、
プライベートな場での男女の話し方なんかは、
絶対的ではないけれども男女でそれぞれの傾向があるような感じがするけどね。
「思うがな」っていう言い回しで異議を述べるのは男性っぽい気もいわれて見ればする。
「思うが」も男性っぽい感じがする。
「思うね」だと、異議を述べるニュアンスではなくなるし。
「~するんじゃないの?」「~するんじゃない?」
って感じかな、女性だと。
「男女で相当な差異があるんじゃないの?」って感じかな。
これはジェンダー論のような気もするけどね。


73 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2006/06/19(月) 23:12:54
>>69>>71>>72
東京方言の場合(名古屋以東の東日本で原則共通だが)
「な」と「ね」は性差ではなくて意味の違いがあるからね。
「ね」は話す相手に対して働きかけようとする意味を持ち、
「な」は話し手の中で内省して自己完結する話者の感情をあらわす。
微妙なニュアンスの差だが、東日本の香具師はかなり正確に使い分けているよ。
(三重以西の香具師は母方言が「な」専用なので共通語使用時でも使い分けが曖昧)
自己完結意識的な表現を、多くの男性がより好むというのはあるのかもしれないが、
このレベルの話は男言葉だの女言葉だの言う問題ではない希ガス。
「~が」と「~けど」の差のほうがまだ多少は性差のよる使い分け的と言えるかも。

 「な」と「ね」の意味には重なっている部分も大きい。
 関東地方を中心に用いられている「ね」が近畿地方の「な」とよく対応しているように[21]、方言に目をやると、その類似性はさらに高く感じられる。
 また、終助詞「ね」の発祥の地は北関東から福島県にかけての地域と考えられているが[22]、現在でも、会津、栃木、埼玉、千葉などの伝統的方言では「な」と「ね」を併用している[23]。これらの地域の伝統的方言では、「ね」の方が丁寧な表現と考えられてはいるものの、同じ意味で用いられている[23]

 だが、少なくとも共通語では、「な」と「ね」の違いは単に丁寧度の差だけではない。
 共通語では、「な」が発話者の個人的感慨の発露であることを示すのに対し、「ね」は発話内容を発話者が独占的に請け負わないことを示す[24]。つまり、73の言う通り、「な」がひとり言で用いられる傾向が強いのに対し(例:「にんげんっていいな」の「いいな」)、「ね」は相手に同意を求めたり共感を示したりする時に用いられる傾向にある(例:フェイスブックの「いいね!」)ということだ。

 その一方で、「な」と「ね」の使用頻度には男女差が存在する。例えば、小川早百合氏の調査では、「な」使用者は男性が多く、「ね」使用者は女性が多いということがわかっている[3] [5]。また、陳一吟氏の調査でも、男性より女性の方が「ね」や「よね」といった終助詞を使うという傾向があることが示されている[25]

 では、なぜ「な」と「ね」の使用頻度に男女差があるのだろうか。
 理由として考えられるのは、終助詞の選択が会話のスタイルの男女差を反映しているためというものだ。
 D. タネンによると、男性の会話では話の情報が中心となり(リポートトーク)、女性の会話では親密感を作り出すことが中心になる(ラポートトーク)傾向があるという[26]。だとすれば、自己完結的な「な」の使用頻度が男性で高く、相手とのつながりを作る「ね」の使用頻度が女性で高くなることも理解できる。

 だが、だからといって「な」を<男言葉>、「ね」を<女言葉>と見なすのは妥当ではないだろう。なぜなら、女性がひとり言を言ったり、男性が同意や共感を示す発言をすることは珍しいことではないからだ。実際、男性の「ね」使用頻度は低くないし[25]、男性が「ね」を使うことに違和感を持つ人も少なかろう。

 また、73の言っている「が」と「けど」の違いだが、これは男女差ではなく、書き言葉と話し言葉の差だろう。くだけた発話では、男女関係なく、「が」より「けど」を使う。

147 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2007/07/25(水) 11:10:43 0
女がクン付けで男を呼ぶようになったのは
「山口君ちの勉君」が流行ったからだという話を
聞いたことがある。ホントかよという気もするが。


149 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/07/25(水) 11:33:17 0
>>147
えーと、ただしくは「山口さんちのツトム君」な。

 「山口さんちのツトム君」が発売されたのは1976年だが、それ以前にも、(8)~(9)のように、女児が男児を君づけで呼んでいる例がある。

(8) まさやくん、一本スギの森までいったのかな? (B: p.143 1970年)

(9) ひがしくん、じてんしゃ、とりあげられちゃったんだって。 (C: p.88 1973年)

 (8)~(9)は童話の台詞なので、大なり小なり役割語としての誇張を受けているだろうが、ステレオタイプの変化というものは現実の変化より遅いものだ。女児が男児を君づけで呼ぶことが1970年以前に一般化していたからこそ、(8)~(9)のように童話の台詞に取り入れられたと考えるのが妥当だろう。

148 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/07/25(水) 11:22:22 0
んなわけない。
あの歌が流行るはるか以前の60年代後半から、小学校で既に
男はクン付け、女はサン付けで呼ぶ習慣ができあがっていた
(その前の時代は、同級生や下級生の男子でもサン付けだった。
面白いことにその頃は女性にはクン付けだったようだが)。

大人の女性が(年下の?)男性をクン付けで呼ぶのが
許容されるようになったのは、やはり小学校以来の
習慣をもった世代が社会に出た頃(80年代後半?)のような
気がする。

 気がするのは勝手だ。だが、成人女性が男児を君づけで呼ぶ例も、1970年代の資料に見出すことができる。

(10) あら、まさやくんなら、ホタルブクロをとりにいく、といってましたわ。 (B: p.140 1970年)

(11) まあ、たつくん。パンツもはかないで、どこへいっていたの。 (D 1970年)

145 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2007/07/25(水) 03:18:19 0
昔の映画の中、例えば吉永さゆりや朝丘ルリ子なんかは東京特有の女言葉を
使っているが、現在の東京ではほとんど性差がないのはどうしてなんだろう。

色気も恥じらいもない女はいやだ。


151 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/07/25(水) 18:47:15 0
>>145
そんな遡らなくても、10年位前までは普通に女子高生位から女言葉使ってたよ。
90年代後半にコギャルブームというのがあったが、
あの辺から女言葉が崩れ出したような気がする。

 上でも述べたが、1996年(151の発言の11年前)の調査では、首都圏の大学生は典型的な女性文末詞をあまり使っていなかったことが明らかになっている[3] [5]。この傾向は、90年代前半までさかのぼっても変わらない[2]

188 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2007/08/27(月) 10:47:30 0
男言葉、女言葉のおかげで、日本の小説は読みやすくなってる
外国だと「~~.」と彼女が言いました。
って会話の最後に男が言ったのか、女が言ったのか書かないと分からない

 それは迷信である。迷信と言って語弊があるのなら、誇張の過ぎた話である。

 まず、小説には男と女の会話だけでなく、男同士、女同士の会話シーンもたくさんある。もし188の言うことが本当なら、そのようなシーンではいちいち地の文で話者が示されなければならないはずだ。なぜなら、話し手は双方とも同じような<男言葉>あるいは<女言葉>を使っているからである。
 だが、実際はそうではない。同性同士の会話だからといって、いちいち話者が示されるわけではないのだ。以下に実例を示す。

(12)「子供は惜しいことをしたね」
「うん。可哀想なことをした。その節はまた御丁寧にありがとう。どうせ死ぬくらいなら生まれないほうがよかった」
「その後はどうだい。まだ後はできないか」
「うん、まだにもなんにも、もうだめだろう。身体があんまりよくないものだからね」
「こんなに動く時は子供のないほうがかえって便利でいいかもしれない」
「それもそうさ。いっそ君のように一人身なら、なおのこと、気楽でいいかもしれない」
「一人身になるさ」
「冗談言ってら――それよりか、妻がしきりに、君はもう奥さんを持ったろうか、まだだろうかって気にしていたぜ」

(E: p.29)


(13)「ゴールデンウィークはどっか行ったか?」
「小学の妹を連れて田舎のバーさん家に」
「しけてやんなあ」
「お前はどうなんだよ」
「ずっとこバイト」
「似たようなもんじゃないか」
「キョン、高校生にもなって妹のお守りでジジババのご機嫌うかがいに行ってどうすんだ。高校生なら高校生らしいことをだな、」

(F: p.26-27)

 このように、同じような言葉づかいの男同士の会話が地の文を挟まずに何行も書き連ねられている例は珍しくない。だが、このような場合でも、話し手が誰であるかは、話の内容などから容易に推測できる。

 また、このような場面が外国語に翻訳される際、話し手を示す地の文が挿入されるかといえば、そんなことはない。例えば、(13)の場面は英語版では(13)'のようになっている。

(13)' "Did you go somewhere for Golden Week?"
"I took my sister to see our grandmother."
"That's a lame."
"What about you?"
"Worked for whole time."
"How is that any better?"
"Kyon, a high school student shouldn't be babysitting his little sister on a merry little trip to visit grandparents. You'we gotta act more like a high schooler."

(G: p.16-17)

 翻訳の際に話し手を示す地の文が挿入されないのは、男女の会話でも同様である。

(14) "What else do you think we need?"
"Beats me."
"I'm thinking about getting my hands on a mysterious transfer student."
"I'd like you to define mysterious first."
"It hasn't even been two months since the new term began. Anyone who transfers in at this point must qualify as mysterious,right? Don't you agree?"
"Maybe the student's dad was suddenly transferred."
"No, that's abnormal."
"What would you consider normal? I'd like to know that."
"I wonder if a mysterioustransfer student will show up."
"In other words, you don't give a damn what I think, do you?"

(G: p.43)

 日本語からの翻訳に限らず、例えばオリジナルが英語の小説であっても、男女の会話の場面でいちいち話し手が示されるとは限らない。(15)がよい例だ。

(15) "Going back to the shop, dear?"
"Sure. Why not?"
"Good. Because Miles is going to meet us there."
"Huh?"
"He wants a stockholders' meeting."
"A stockholders' meeting? Why?"
"It won't take long. Actually, dear, you haven't been paying much attention to the firm's business lately. Miles wants to gather up loose ends and settle some policies."
"I've been sticking close to the engineering. What else am I supposed to do for the firm?"
"Nothing, dear. Miles says it won't take long."
"What's the trouble? Can't Jake handle the assembly line?"
"Please, dear. Miles didn't tell me why.Finish your coffee."

(H: p.47-48)

 金田一春彦も騙されていたくらいだから[27]、188が騙されているのも仕方ないといえるかもしれない。だが、誤りであることに変わりはない。

201 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/08/28(火) 14:55:23 0
細かくは知らんが、もしかしたら英語には男言葉・女言葉ならぬ
「男発音・女発音」があるかもしれない。

日本語だと、男が「~わよ」とか使うとオカマに見られるが
英語でも、男が「女発音」で話すとオカマに見られるというのが
あるかもしれない。(知らんけど)

そういうのだって、文化は違うが立派な男言葉・女言葉だろう。

 何が「かもしれない」か! 男と女で声色が違うのは当たり前のことだろう。

219 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/09/18(火) 16:15:26 0
俺は「~かしら」「~なのよ」「~だわ」式の女言葉は嫌いなんだが。
わざとらしすぎて寒気がする。そんなに美しい言葉か?
「~だよ」「~かな」「~でしょ」「~なの」程度の言葉遣いで十分。


220 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/09/18(火) 16:38:10 0
>>219
そういう言葉遣いのなかで育てばそれが自然に聞こえる
ようになるだろうね。
俺は「~かしら」「~なのよ」「~だわ」を日常的に
使う環境で育ったから、わざとらしさなぞ感じない。
子供でもないのに「~かな」「~なんだよ」「~だね」しか
使わない女性には、教養の欠落を感じる。
しかも、教養と言っても何も非常に高級なものではなく、
たかだか磯野家程度の中流レベルの教養だよ。

 たかがタメ口を「教養」とは、馬鹿げた話である。

225 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/09/18(火) 23:00:48 0
>>220
そのような女性語での「かしら」「なのよ」「だわ」は、
本当の東京山手方言の「ございます言葉」が崩壊した、所詮「残骸」に過ぎないからな。
真正の「ございます語」、実際には「g’ざぁます」のように発音されるので
「ざます言葉」と言われるが、このような言葉を話す山手のご婦人方から見れば、
「かしら」「なのよ」「だわ」程度では、
「本当に山手育ちなんざあますか。あたくしには美しい言葉などとは
到底思えないんざますけど。どのように表現したらよろしざぁますかしらね。
このように使ったら良うございますかしら。かしらはこのように使うものざますよ」
と言われてしまう。文字に起こすのは難しいなw

正直、磯野家も寺内貫太郎一家もさほど変わらない。
磯野家レベルの教養を自慢されても困る。


226 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/09/18(火) 23:19:28 0
>>225
まさにその磯野家程度の教養さえなく、一億総ヤンキー化して
男女問わずに「だよ」オンリーの言葉遣いになっていることを
憂慮し嘆いている者が多いということでしょうな。

真正山の手レベルの言葉遣いは一部の限られた富裕層が
受け継げばよろしい。しかし、磯野家レベルの言葉遣いは
国民のマジョリティたる中産階級みんなで引き継ぐべきだよ。


227 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/09/18(火) 23:36:34 0
>>226
分かってないなあ。「かしら」「なのよ」「だわ」は、
東京山手方言という一つの方言の、崩れ果てた後の残骸なんだよ。
実は共通語とは言いがたい。
どうして単なる一方言のそれも単なる残骸を、
「国民のマジョリティ」が引き継ぐ必要があるんだね?


229 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/09/19(水) 09:27:34 0
>>227
地方語話者が当該方言を話す際の話は誰もしていない。
標準語を話す場合に、上の2割と下の2割を除いた
「中流階級たる女子」はいかに話すべきか、というのが
このスレの趣旨でしょう?
さらに言えば、二極化して下流社会となどと言われる
現状では、ジャージで買い物に行き、若年結婚をし、
ファミリーレストランに屯する中流ローワー(年収350-400万付近で
区切られる)は明らかに「だよ」組なのだから、
年収500-1500万の中流アッパーには、それなりの
階級アイデンティティとしての言葉遣いが必要とされる。
その言葉が(たとえ起源的に山の手方言の残骸であっても)
「かしら・だわ・のよ」だというのは、国民的アニメである
「サザエさん」が証明しているわけで、それ故に例として
挙げているのです。


230 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/09/19(水) 12:59:45 0
「サザエさん」を規範にするのだけはやめて欲しい。
気持悪くて5分と見てられんわあれ。


231 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/09/19(水) 14:09:34 0
>>230
もし、230が年収2千万超の山手アッパーか120万以下のリアルローワーであるとか、
中流でも日常で「かな・だよ・だな」をまったく使わない人ならともかく、
単に言葉に対する違和感で「サザエさん」を5分と見てられないのなら、
230は考慮に値しないほど日本人としてマイナーな特殊組ではないのか。

実際、幼児や小中学生に対する口語標準語教材として、あれは
総合的に言って最も優れたもののひとつだと思う。
うちではかつて息子/娘に「カツオくん/ワカメちゃんみたいに喋ってごらん」
と言い続けて、方言(結構きつい)と標準語のバイリンガルに育てた。

 220 (= 226 = 229 = 231)の言っていることは正しくない。以下に、そう判断する理由を2つ述べる。

 まず、言葉づかいに限れば「サザエさん」は安っぽいアニメであり、到底話し言葉の規範にはなるようなものではない。
 例えば、「サザエさん」の登場人物のうち、波平は、自称の「わし」や打ち消しの「ん」などの<老人語>の使い手であり、フネは「<あたし(ゃ)~だよ>系おばあさん」[28]である。また、タラオの台詞には、「行くです。」、「はいです。」のような、キャラ語尾めいた破格の「です」の用法が見られる。これらの言葉づかいはもちろん現実に基づいたものではない。また、理想・規範を描いたものでもない。年を取ったら<老人語>を使うべきなどといった規範など存在しないからである。
 また、「サザエさん」の登場人物の言葉づかいは、キャラづけにもさほど役立っていない。例えば、サザエ、ワカメから花沢さん、さらにはチョイ役に至るまでのほとんどの女キャラが画一的な<女言葉>の使い手であり、言葉づかいだけで話し手を特定することができない。つまり、「サザエさん」では、主役脇役問わず、年齢や性別といった表面的な属性に応じた役割語を与えられているのだ。
 「サザエさん」は古い作品だから、画一的な<女言葉>が使われていても、それだけならば表面的な属性のみに基づく役割語ではなく、当時の現実の反映と考えることはできる。だが、<老人語>のような非現実的な言葉が使われていることを考慮すると、<女言葉>も、現実の反映というより話し手の属性に応じて割り振られただけのものと考える方が自然だろう。結局、「サザエさん」の言葉づかいは、現実でも理想でもなく、ステレオタイプに基づいているのである。
 ステレオタイプ通りの描写は理解しやすいが、同時に深みがなく、安っぽく、嘘くさいものでもある。そんなものが、どうして現実世界での規範になりえようか。それでも「サザエさん」が話し言葉の規範になるというのなら、年を取ったら<老人語>を使うべきだとでも主張してみるのがよかろう。

 また、現代日本には、「それなりの階級アイデンティティとしての言葉遣い」などそもそも存在しない。
 イギリスなどとは違い、現代日本には階層に基づく社会方言はほとんどない[29]。例えば、以下に示した例からもわかるように、現実のお嬢様は、必ずしも「いかにもお嬢様らしい言葉づかい」などはしていないのだ。

(略)絵に描いたような「お嬢さま」境遇の女性が、
「こないだ、家に英会話教材の勧誘電話がかかってきて、あんまりしつこいもんで、『ふん、英語なんて尻でもしゃべるわ、ブッ』と言って切ってやった、ははは」
 と軽やかに話されるのを聞いて、面食らったことがございました。そして、そのような下々の者もあんまりしないようなプラクティカル・ジョークをなさっていても、やはり彼女は、やんごとない気品漂うお嬢さまであったわけです。

「トンデモ本 女の世界」 と学会 メディアワークス p.223


 しかしながら、よく考えてみると女子校というところは女ばかりのところで「女」を意識することなく、「上靴の踵を踏んで歩く」「後輩呼び捨て」「自称は俺」という「おとこ女」がけっこういたような……しかもそのようなお方に限って大家のお嬢さまだったりしたような。

同上 p.229

 このように、現代の日本では、言葉づかいからその人が金持ちか貧乏かを見わけることはほとんど不可能なのである。
 それも当然のことだ。
 戦後、華族制度は廃止され、上流階級とそれ以外とを区別する社会制度は失われた。また、中学教育の義務化により、異なる階層の出身者が同じ環境で言語形成期の後半を過ごすという状況ができ上がった[30]。さらに、テレビが普及したことで、貧富関係なく誰もが同じような番組を見るようになった。
 その結果、戦後の日本は階層に基づく社会方言が生まれにくい社会となった。「それなりの階級アイデンティティとしての言葉遣い」など、存在しようがない。

 さて、220が正しくないのなら、220に反論している225 (= 227)は正しいのかといえば、そうでもない。
 いわゆる「ざあます言葉」は、元は江戸から明治にかけて遊女が使っていた言葉であり、後に東京山の手の上流階級の婦人の言葉に取り入れられた[16]。その一方、「てよだわ」に代表されるいわゆる<女言葉>は、明治時代の女学生の言葉に由来する[1]。決して、後者は前者の崩れたものではないのだ。

233 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/09/19(水) 15:07:44 0
>>229>>231
それはまた、何ともご愁傷様だな>おまえさんの息子さん娘さん
親は選べないとはよく言ったものだが。

昭和30年代の崩壊過渡期の東京山手方言を叩きこまれてしまって、
この平成時代、そんなものは全国どこの地方でも役に立たないどころか
コミュニケーションに支障をきたしていることだろう。
真正の山手婦人には所詮おのぼりさんだと蔑まれ、
現在の生きた方言を話す同年代からは
化石のような言葉を使う水臭いやつだと疎まれる。
今の東京山手の中産階級の子女の方言は、サザエさん語とはかなり異なる。

それに、
地方毎の方言には、中産階級の生計を支えるような社会的基盤がある限り、
ある程度の中産階級的な表現がある。
おまえさんは、サザエさん語強制と引き換えに、それを教えるのを怠ったわけだ。

 前述のように、<女言葉>は明治時代の女学生の言葉がルーツである。昭和30年代の言葉ではない。

234 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/09/19(水) 16:19:26 0
>>233
こりゃまたえらい言われようだw
うちの子供たちに限らないと思うが、大学や就職・転勤で
どこに行くか分からない中で、どこでも(例えば教員や顧客と)
正確かつ和やかなコミュニケーションをとる必要があるとき、
真正山手方言やローカルな地元方言では実際困る。
ではどのような言葉が共有されるべきか?
同世代の親しい友人同士なら若者言葉(これは勝手に話せる
ようになる)でいいかもしれないが、友達以上ビジネス未満の者と
話すための(NHK的な標準語ではなく)口語標準語の習得が不可欠だ。
そういう意味では、世代や地域を越えて日本中の誰もが共有できる
口語標準語はある種バーチャルなサザエさん語しかないかもしれない。


あと、うちの子は地元方言は中産階級的表現も含めて
サザエさん語とは完全に別言語として習得済みだよ。
確かに当該地域に住む限りは通用するはずだが、かれらが今後
同じ土地にずっと住むことは絶対ないから、早晩無用の知識に
なるだろうが。


235 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/09/19(水) 16:41:00 0
>>234
なだぎ武と友近が、洋画の吹き替え風の喋り方の真似をするコントに
最近全国の人々が腹を抱えて笑っているのはなぜなのか、ご存じないかね?
そのサザエさん的な数十年前の「口語標準語」そのものが
いかに不自然で可笑しいかという感覚が、全国的に共有されているからだよ。

芸人のギャグなら、みんなに「笑われる」。それが彼らの職業的本分。
だが、それを実社会で大真面目にやったら、「笑われる」というよりは「嘲られる」。


現実には、NHK式の共通語さえマスターしておけば何の問題も無い。
あとは、場に合わせた今現在の各方言を、出来れば適宜マスターすればいいだけの話。
他所者は、まずはきっちり硬い共通語を話すのが地方における礼儀だ。
関西圏の場合だけは、他所者はむしろ母方言を使うのが礼儀になるが。
それに、「友達以上ビジネス未満」とは一体具体的に何物だ?


236 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/09/19(水) 17:14:41 0
>>235
洋画吹き替え語(やアメジョ語など)とサザエさん語は
完全に別物。これを聞いて混同する者がいるわけがない。
バラエティ番組のなかで考えても、デビ夫人や田嶋陽子
(彼女は時に「だよ」言葉になるが)の言葉が嘲笑される
こともない。
むしろ「だよ」組の細木数子の言葉と比べて、女性的で
柔らかいということは誰しもが感じるところだろう。

NHK式共通語を、ビジネスのプレゼン以外の場で使うことが
あるとは思えない。あの言葉は一般の会話向きではない。
実際、NHKアナウンサーとゲストが対談もしくは一緒に
進行する番組でアナウンサーが話しているのは、必ずしも
NHK式の共通語ではなく、各個人の習得した口語標準語だ。
たとえば上田早苗アナ(九州出身)がかつて朝の番組で会話に
用いていたのは、かなりサザエさん語に近い標準語だった。

関西圏で母方言を使ったら普通に嗤われるだけ(実体験含む)。

友達以上ビジネス未満とは、たとえば日常買い物をする店先、
美容院、卒論の研究室、ボランティア先、保育園の父母会、等々。
目上というほどではないので「です/ます」の敬語は不自然だが、
かと言っていわゆるタメ口で「だよ・かな」は使えない相手。
こういうとき、「だわ・なのよ・かしら」は丁寧すぎず砕けすぎず
適度な硬さの言葉として機能する。

 「だわ・なのよ・かしら」は、タメ口以外の何ものでもない。

 友達でもない相手にいきなりなれなれしい口をきくのはぶしつけなおこないである。それは、店員と客という関係であっても変わらない。客が店員に対してというなら百歩譲って納得できるとしても、店員が客にタメ口で話しかけることは、通常失礼な行為に当たる。都市部では、店にいるのは大抵赤の他人同士。よそ行きの言葉を使うのが基本なのである。

 田中章夫氏によると、田舎から上京してきた人が驚くこととして、普段は乱暴な言葉を使っている都会の住人でも、必要とあらばいともたやすく折り目正しい共通語を使いこなすということがあるという。
 田舎では、店へ行こうが役所へ行こうが、そこにいるのは皆昔からの顔見知りというケースが多いので、よそ行きの言葉が使われる機会は少なく、その習得も遅い。一方、都市部では一歩家を出れば目の前を歩くのは赤の他人という状況が珍しくないため、必然的によそ行きの言葉を使う機会が多くなり、その習得も比較的早い。例えば、1960~70年代の調査では、女子中学生が自分の母親のことを他人に対して「母」と言う割合は、東京山の手で90.1%、東京下町で85.7%、京都で78.4%、福岡で80.2%、静岡で61.3%、焼津で27.6%、佐渡で39.3%と、おおむね都市部が高い値を示している[22]

 このように、都市部では実際によそ行きの言葉がよく使われている。上京者がまず習得すべきなのは折り目正しい共通語であり、タメ口などではない。下手になれなれしく話そうとしても、相手を怒らせるのが落ちだ。

診断書が必要で保健所などで健康診断を受けるとき、とくに問診の担当医(オバサンが多い)はどうしてああ態度が悪いのか。まず文体はタメ口である。なんで知らないオバサンにタメ口をきかれにゃならぬのだ。そのうえ「こんなに血圧が高くてダメじゃないのよ、若いくせに」と、わけの分からぬ因縁をつけてくる。

「その他の外国語」 黒田龍之助 現代書館 p.197

 このようにタメ口を使う医者に腹を立てる黒田氏の感覚は、別に特殊なものではなかろう。

 なお、234で「顧客」と言っていることから、220は店員が客にタメ口で話すことも想定しているのは明らかだ。また、同じく234の記述から、地元でない場所(都市部など)での会話を想定していることも明白である。

238 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/09/19(水) 17:35:55 0
>>236
洋画の吹き替え語とサザエさん語は、
前者にデフォルメがかかっているだけでベースは全く同じもの。
テレビ草創期・映画全盛期の東京山手方言だ。

最終段で挙げている場面は、すべて敬体の教科書的共通語で何の問題もないところ。
研究室の教官以外すべて、「です、ます」の共通語で何の問題も無い。
むしろこれを使うことが推奨される。「なのよ、かしら」はそもそも失礼だ。
または、地方ローカルなら、各方言の比較的よそ行きの表現が使われる場面も多い。
八百屋のおやじなどは、方言まるだしで応じてくることだろう。
硬い共通語で返せば、余所者と知り、他人行儀だが誠実に答えてくれるだろう。
母方言で返せば、どこの出身か尋ねたりされながら、会話が弾むだろう。
地元の方言で返せば、地元民としていろいろな話をふってくれるだろう。
「サザエさん語」の出番などどこにもない。

それに、関西で母方言で話した時「笑われる」のは、コミュニケーションの一種なんだが。
笑いと自虐の応酬から会話をスタートさせるのが関西の基本。
共通語なら、よそ行きの礼儀の問題としてきっちり返してくれるだろうが、
サザエさん語だと、なんとも感じの悪い奴とされて精神的に拒絶され敬遠される。

そもそもコミュニケーションスキルが足りないんじゃないか?


239 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/09/19(水) 18:14:06 0
>>238
起源やベースがなんであろうと、今や別物だろう。
また、たとえ起源が山手方言であっても、それに近い言葉が
「女性的」と全国的に感じられるのは今も変わらない事実。
(だからこそこのスレが立てられたと思うのだが。)
また、テレビ創生期というより昭和中期までの東京の女性言葉が
高度成長期の半ばから急速に失われていったということだろう
(これには地方からの方言話者の大量流入が少なからず起因)。

他人行儀の会話だけで良いのなら、常に敬体の標準語で
良いだろう。しかし、たとえば美容院の最終場面で
「あら、少し短くし過ぎたかしら。この秋はもう少し伸ばすわ」
と笑って言うのを敬体の標準語で言えるのか。むしろ多くの場合、
「あ~っ、少し短くし過ぎだよ。この秋はもう少し伸ばそぅ~」
と中性的な言葉遣い(しかも若干攻撃的)になっている。
前者の言い方について、その起源を論じて「サザエさん語」であると
断罪することに何の益もないはず。

高原に行って、「きれい~」でなく「きれいだわ」
一緒に食事をして、「おいしいね」でなく「おいしいわね」
炊事当番を決めるのに、「私が作るよ」でなく「私が作るわ」
夜空を見て、「明日は晴れるかな」でなく「晴れるかしら」
サザエさん語とか山手方言の残骸とか言って切り捨てるよりも、
女性らしい言葉遣いを失わないための議論をした方が良いのでは?

 陳一吟氏が九州と関東の大学生・大学院生を対象におこなったアンケートによると、上昇調の「わ」に対しては、「女らしい」、「上品」と感じる人よりも、「おかまっぽい」、「年配っぽい」、「ふざけた発話」と感じる人が多かった。そして、それ以上に多かったのは、「ドラマや小説の登場人物の言葉」というものだった[25]
 結局、<女言葉>の女らしさなど、役割語としてのそれらしさにすぎないのだ。

254 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2007/09/21(金) 07:39:37 0
遊ばせ言葉とかも廃れたな。90年代くらいまでは候文などと並んでまだあったはずなんだが。

 当然、90年代に候文を使っていた人などほとんどいない。

275 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/10/08(月) 18:03:06 0
某バラエティ番組でマリエが緊張のあまり日本語を忘れたって時に、
喋ってる英語の日本語字幕に「~わよ」と書いてあって引いた記憶がある。
何故外国語の訳はそこまでして女性語にこだわるかな・・・。


276 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2007/10/09(火) 12:51:12 0
まあそれがスタンダードな綺麗な日本語だからね。

 「スタンダード」でも「綺麗」でもない。あくまでもタメ口であって、そのような芸風の人間でない限り、公共の場で使うのは不適切なものである。

307 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2008/02/06(水) 23:29:00 0
男言葉女言葉なんて明治時代に小説家が作ったものだろ


309 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2008/02/07(木) 09:26:37 O
>>307
ばーか、明治時代の東京の若者言葉だっつーの。


310 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2008/02/07(木) 09:39:02 0
>>309
女言葉は大正時代のギャル語
明治時代にはまだ使われてない

ただし丁寧語の語尾に「わ」を付けるののは花柳界言葉で江戸時代からある

 上でも述べたが、「てよだわ」に代表される言葉づかいの誕生は明治20年頃である。当初は主に女学生に使われていたが、明治の末には女学校出身者以外にも使われるようになり、<女学生言葉>から一般的な<女言葉>へと変わっていった[1]

314 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2008/02/08(金) 09:20:05 0
ばあさんの名前のイメージというと、
今は 「ヨネ」 とか 「ハツ」 とかが
一般的と思うが、数十年経ったら、その時代の若者は、
「洋子」 とか 「美奈子」 などの 「~子」 が、
ばあさんの名前のイメージになるだろう。


315 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2008/02/08(金) 11:53:46 0
>>314
どんだけ高齢者に囲まれてんだよwww
俺の周りにヨネやハツなんていないし俺のばあちゃんもふつうに美恵子だぞ

 314の発言の80年前、1928年生まれの女性名ランキングは、1位が和子、2位が節子、3位が幸子。以下、10位まですべて「子」のつく名前だ[31]。つまり、314の発言の時点で、おばあさんの圧倒的多数はすでに「~子」であったのだ。
 すでにおばあさんの大半が「~子」であるにもかかわらず、いまだ「おばあさんの名前は『~子』」というイメージは確立していない。ステレオタイプは変化しづらいのだ。だから、数十年経ってもステレオタイプは今のままというケースも充分考えられる。

342 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2009/01/29(木) 22:22:40 0
典型的な女言葉ってもう完全に創作の世界の役割語になりかけてる気がする
「~なのよ」「~かしら」「~よね」なんて若い女が使ったらイタい子だ
だが最近のドラマやアニメ、吹き替えなどなど、女にそういう言葉を喋らせてるものの何と多いことか


346 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2009/01/30(金) 10:59:35 O
>>345
役割語は日本の文化だぞ。

役割語が無くなったら、小説なんかやたらと
「~と年配の男性が言うと」「~と着物を着こなした婦人が口を」
つうような余計な文が入りまくる。

 入りまくらない。そもそも、たとえ話し手を示す必要がある場合でも、普通は名前を使う。

353 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2009/02/06(金) 03:51:27 0
役割語と現実の会話との距離がどんどん遠ざかっている気がする。
言文一致運動が行われた明治20年代あたりに、
「標準語の会話体」が当時の会話に近い形で固定されてしまったかのようだ。
その後100年で現実の会話はかなり変わったが、役割語の世界では
未だに明治時代のような会話だ。

 言文一致運動が起こる前から、芝居や戯作の台詞などは話し言葉で書かれることもあった。例えば、<老人語>や<田舎言葉>などは、江戸時代に芝居や戯作の台詞で多用されたことで成立した役割語である[1]

354 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2009/02/06(金) 16:11:06 0
>>353は明治のジジイが「わしじゃ」と言ってたと思ってるタイプ


355 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2009/02/06(金) 18:56:53 0
江戸で「ぢゃ」が使われていたことはある?
もしあれば江戸時代のどこかの時点でジジイの言葉として扱われるようになったのだろうが、
そうでないとすると、役割語としての「ぢゃ」は上方起源ということになる。

 江戸でも「じゃ」は使われていた。
 江戸時代の戯作や芝居の台詞では、江戸を舞台にした作品でも、武士や老人などの台詞として上方風の語法が用いられていた[1] [19]。また、心学道話などの講義では、江戸であっても「じゃ」が使われることがあった[22] [32]
 そもそも、江戸で「じゃ」が使われていなかったら、上方出身者のステレオタイプにはなっても、<老人語>になるはずがない。

356 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2009/02/07(土) 01:26:38 0
>>355
江戸時代初期は江戸でも上方語の影響が強かったが、
中期になると江戸語が確立していき、上方色が薄れていった。
その過程で、老年層は上方的な言葉遣い、若年層は江戸的な言葉遣いをする年代が生じ、
この段階で「上方的な言葉=老人語」という図式が成立した。

断定の「や」は江戸時代末期に上方で発生した語なので、上記の図式が成立した頃にはまだ存在しなかった。
そのため、「や」は老人語になっていない。


357 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2009/02/07(土) 01:52:37 0
あと、「書かへん」のような形式の否定も確か江戸時代末期の発生なので、
これも老人語を示す役割語ではない。「書かん」は老人語だが。

例えば漫画で、
「俺はそんなこと言ってねえよ。ほら、これを見てみろ。ここに映ってるのが俺だ。
薄くて見づらいだろうが、見えないことはないだろ。」
と言っていた若いキャラが、何十年後という設定で再び出てくると、
当然同一人物なのに、
「わしはそんなこと言うとらんよ。ほれ、これを見てみい。ここに映っとるのがわしじゃ。
薄うて見づらいじゃろうが、見えんことはないじゃろ。」
みたいな口調になったりするが、これは近世の上方語に近い。


360 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2009/02/07(土) 14:06:22 0
>>356
> その過程で、老年層は上方的な言葉遣い、若年層は江戸的な言葉遣いをする年代が生じ、
という状況は知っているのだが、19世紀の近畿でも「ぢゃ=老人」という構図が生じたから、
そのどちらが役割語の「ぢゃ」を生み出したのかはフィクションの歴史を見ないと分からない。

 <老人語>の成立過程は、江戸・東京だけを見ていれば充分だろう。
 明治時代以降の現代口語文・共通語の成立の過程は、極端なまでに東京に集中している。例えば、言文一致の実験場となった明治時代の小説は、ほとんどが東京出身者あるいは上京者によって東京で作られたものである[1]。口語文のルーツの1つに江戸落語の言葉があるが[1] [22] [32]、江戸時代・明治時代の江戸落語の噺家は、皆江戸・東京の出身であった[33]
 また、<老人語>は「じゃ」だけではない。<老人語>には、打ち消しの「ん」や存在の動詞「おる」などの西日本方言的な語法が多く含まれている。そして、それに対する若年層の役割語は、「だ」、「ない」、「いる」といった東日本方言的な語法だ。「や」や「へん」といった新しい上方方言ではない。

392 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2009/07/13(月) 02:15:58 0
やっぱり、
男言葉=乱暴で下品な言葉使い
女言葉=上品で丁寧な言葉使い
というのは世界共通にあるのだろうか?

接客業の男たちの言葉使いをオカマっぽいと感じていた俺の認識は
客観的に当たっているわけか。


393 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2009/07/15(水) 00:59:26 0
逆に女のほうが乱暴な言葉遣いという社会も考えられなくはないが
そんな社会は実在するんだろうか?


395 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2009/07/15(水) 09:29:32 0
女が主に子育てを担当する社会が多いから、というのもありそうだが。
全員じゃないが大抵のひとは、小さな子供には柔らかい言葉遣いを
してしまう傾向があると思う。そのことが、女の言葉を丁寧なものに
していくんじゃないか。


396 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2009/07/15(水) 17:32:19 O
そうじゃない社会はあるのか?


397 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2009/07/16(木) 01:28:43 0
アフリカに、女が主に狩りに出て、男が家を守って家事をやるという慣習
にある民族・部族社会があるという話を人類学の本で読んだ記憶がある。
その社会では、お人形さん遊びをするのは、やはり男の子らしい。

 397の言っているのがマーガレット=ミードの「三つの未開社会における性と気質」のことだとしたら、それはアフリカではなくニューギニアの話である。
 ミードの調査によると、ニューギニアの先住民族のうち、チャンブリと呼ばれる人々では、男性が西欧で普通に女性的と思われている性質を表し、女性が西欧で普通に男性的と思われている性質を表しているという。
 この報告は、「男らしさ」「女らしさ」は社会によってどうにでも変わることを示す根拠として、文化人類学、社会学、心理学などに大きな影響を与えた。
 だが、その後の再検討の結果、ミードの調査には学問的に正確なデータが存在しないことがわかった。結局、男らしさと女らしさが逆転した社会があるという報告は、信用に値するものではなかったのである[34]

418 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2009/07/25(土) 08:53:30 0
東京の男が「だよ」とか「じゃない?」と言っているが、女言葉ではないのか?

 (16)~(17)からもわかるように、「終止形+終助詞『よ』」は一般的な<男言葉>である。

(16) 馬鹿いってんじゃないよ

(17) よくいうよ 惚れたお前の負けだよ

「3年目の浮気」 作詞:佐々木勉 歌:ヒロシ&キーボー

428 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2009/08/11(火) 08:11:50 0
関東や東北の男性は「~だぜ」って今も使ってるの?それとも古い喋り言葉?

 終助詞「ぜ」を使用する地域は、四国、近畿、中部、関東などに広がっている[35]。東北地方では「ぞ」や「ど」となることが多いが[36]、それでも、山形県では「ぜ」が男女共用の終助詞として使われているという[35] [36]。しかしながら、私は山形県で「ぜ」が使われるのを聞いたことがない。一方、「ぞ」や「ず」はよく使われていたと記憶している。

434 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2009/08/22(土) 22:28:12 0
女性言葉を使いたいと思う女子学生だが、女言葉だと言いたいことが伝わらない気がする
学校などで意見を言うときに「私は~だと思うわ。~じゃないかしら?」なんて言っても
「はいはい、お嬢さんの戯言だね」と軽く見られる気がするんだよね

 「学校などで意見を言う」というのが授業やホームルームで発言することなら、それはあらたまった場での発言なのだから、敬体で話すのが当然だ。不適切な言葉づかいは、「お嬢さんの戯言」どころか、私語あるいは茶々としてしか見られない。

464 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2009/11/10(火) 11:47:44 0
たとえ大阪などでも、幼稚園児がおままごとをして遊ぶときには、
日常から離れたよそゆき言葉として標準語の男言葉・女言葉を使う。
「いま帰ったよ」「あらあなた、お帰りなさい」
「今夜はごちそうよ」「まぁ嬉しいわ」等々。

 幼稚園児くらいになれば役割語の知識は身につけているし[13]、また、役割語は基本的に全国共通だ[1]。そして、ままごとというのはいわば即興劇なのだから、芝居の台詞らしく役割語が使われていても何も不思議ではない。

473 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2010/04/29(木) 19:57:34 0
「~ぜ」や「~ぞ」はもう役割語になっちゃったのかな…


474 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2010/05/02(日) 02:58:51 0
役割語って何ですの?


475 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2010/05/02(日) 06:22:20 0
ずるい奴→関西弁
おじいさん・ヤクザ→広島弁
田舎者→東北弁・鹿児島弁
※実際の対応とは違うかもしれない

みたいな、キャラクターのイメージと対応させた方言のこと


476 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2010/05/11(火) 16:17:55 0
>>475
ヤクザ→広島弁は分かるけど

田舎者→東北弁と東関東方言
おじいさん→昔の関西弁(~や、ではなく~じゃ)

かと。てか江戸時代からそう。
まぁ、江戸時代の田舎者は東北弁というより江戸に近い東関東方言が主だが。

鹿児島弁は明治維新頃に出てくるだけで、ステレオタイプのイメージはあるが、
たいして役割語にはなってないかと。

 役割語は単なる地域方言の流用ではない。

 「大阪=お笑い」といった地域性と結びついたステレオタイプを示すために、地域方言が役割語として用いられることはある。また、関西出身ではないのに「なんでやねん」とつっこみを入れるなど、ふざけた場面での「方言コスプレ」としてそれらしい地域方言が流用されることもある[37]。フィクションの登場人物の言葉づかいでも、例えば暴力的な人物がその出身地とは無関係に大阪弁・広島弁・九州弁などの「怖い」方言を使ったりするなど、地域方言がその地域を離れた役割語として用いられる例もある[37]

 だが、地域性と無関係の役割語は、地域方言よりも、むしろ、年齢や性別などに基づく位相差を誇張したものであろう。ここで誇張されるものは必ずしも現在の位相差ではない。過去の位相差が元になっていることもある。例えば、<老人語>は、高齢・上層の人物ほど上方風の言葉を使う傾向にあったという江戸時代の状況に基づいている[38]

 さらに、現実の言葉づかいとは無関係に、作者によって0から創作された役割語もある。<宇宙人語>(「ワレワレハ ウチュウジンダ」など)などがその好例だ。

477 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2010/05/11(火) 18:16:01 0
>>476
おじいさん語はテレビ時代になってから
たしか山陰地方の役者さんがハマってて……だったと思う

 その「山陰地方の役者さん」って誰だよ……と尋ねたところで、もちろん答えは返ってこない。なぜなら、そもそもそんな人はいないからである。

478 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2010/05/11(火) 23:40:03 0
役割語
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%B9%E5%89%B2%E8%AA%9E


479 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:2010/05/11(火) 23:46:13 0
老人語
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%80%81%E4%BA%BA%E8%AA%9E

「フィクションにおける老人語」参照



 さて、「博士ちゃんねる」というまとめブログの管理人は、言語学板を評して次のように言っている。

それにしても、言語学板っていうのは、ものすごい民度高いんですよね。やっぱり言葉の専門家だからかな?まとめてて楽しい!
荒らしがほとんどなく、内容が濃くて、くだらない煽りも少ないし、レスの返しもうまい。学問板の鑑です。

なにげない日本語の疑問を書き込むスレ Part1 @ [言語学板]


言語学…専門家が多く、民度の高さは学問板で一番。だが過疎り気味。

学力と人間性は比例する? @ [社会学板]

 言語学板を見慣れている身としては、にわかに同意しがたい。
 確かに、学問板の中には、荒らしや煽りがはびこっていてまともな議論が成り立たない板もある。そんな板と比べたら、言語学板はまだましな方だ。実際に質の高いレスもある。だが、それ以上に思いつきを垂れ流しただけのレスが多いことも、見てわかる通りまた事実である。
 例えば、上では「<女言葉>の研究は盛んにおこなわれている」と書いたが、その研究の成果はこのスレッドでの議論にろくろく反映されていない。スレッドが生きていた時点でも、<女言葉>や役割語や方言に関する豊富な先行研究はあったのだが、皆それには目もくれず、憶測でものを語っている。学問板とはいえ、所詮は2chなのだ。


用例出典
A: 「不等辺三角形」 内田康夫 講談社文庫
B: 「大きい1年生と小さな2年生」 古田足日 偕成社
C: 「さとるのじてんしゃ」 大石真 小峰書店
D: 「はけたよ はけたよ」 神沢利子 偕成社
E: 「それから」 夏目漱石 角川文庫
F: 「涼宮ハルヒの憂鬱」 谷川流 角川スニーカー文庫
G: The melancholy of Haruhi Suzumiya, English translation by Chris Pai, Little, Brown and Company
H: 「夏への扉」 ロバート・A・ハインライン 講談社インターナショナル

[1] 「ヴァーチャル日本語 役割語の謎」 金水敏 岩波書店
[2] 「テレビドラマにおける女性言葉とジェンダーフィルター」 水本光美
[3] 「日本語とジェンダー」 日本語ジェンダー学会:編 ひつじ書房
[4] 「ジェンダーで学ぶ言語学」 中村桃子:編 世界思想社
[5] 「話し言葉の男女差 -定義・意識・実際-」 小川早百合
[6] 「「おネエことば」論」 クレア・マリィ 青土社
[7] 「脇役男子の言語学 - スネ夫やジャイアンはどのように話すのか -」(CiNii) 秋月高太郎
[8] <気さくな男ことば>
[9] 「日本人の知らない日本語 4」 蛇蔵&海野凪子 メディアファクトリー
[10] 「スポーツマンガにおける読者層および登場人物の性によるジェンダー表現使用の異なり」 松本絵里奈
[11] 「ドラマに使われる女性文末詞―脚本家の意識調査より」 水本光美、福盛壽賀子、高田恭子
[12] 「日本語必笑講座」 清水義範 講談社文庫
[13] 「ドラマと方言の新しい関係」 金水敏、田中ゆかり、岡室美奈子:編 笠間書院
[14] 「女装と日本人」 三橋順子 講談社現代新書
[15] 「日本語社会 のぞきキャラくり 第66回 『女』と体言」 定延利之
[16] 「<役割語>小辞典」 金水敏:編 研究社
[17] 「日本語社会 のぞきキャラくり 第75回 破綻キャラ(後)」 定延利之
[18] 「日本語の歴史」 山口秋穂、鈴木英夫、坂梨隆三、月本雅幸 東京大学出版会
[19] 「江戸時代の国語 江戸語」 小松寿雄 東京堂出版
[20] 「江戸時代の国語 上方語」 坂梨隆三 東京堂出版
[21] 「日本語方言辞書 下巻」 藤原与一 東京堂出版
[22] 「東京語」 田中章夫 明治書院
[23] 「現代日本語方言大辞典 第5巻」 明治書院
[24] 「日本語文法 入門ハンドブック」 加藤重弘 研究社
[25] 「日本語におけるジェンダー表現」 陳一吟 花書院
[26] 「社会言語学入門」 東照二 研究社
[27] 「日本語 新版 上」 金田一春彦 岩波新書
[28] 「「おばあさん」の役割語」 三好敏子(「役割語研究の展開」 金水敏:編 くろしお出版)
[29] 「方言からみた日本語らしさ」 ダニエル・ロング
[30] 金持ちの子は公立中学には行かないという反論があるかもしれないが、それは正しい認識ではない。まず、大都市圏以外ではそもそも中学受験は一般的ではない。また、大都市圏でも、中流以上の家庭の優秀な子供が公立中学に進学することは珍しくない。公立中学は、決して馬鹿と貧乏人の吹きだまりではないのである。
[31] 明治安田生命 | 名前ランキング2014 - 生まれ年別名前ベスト10 - 女の子
[32] 「日本語スタンダードの歴史」 野村剛史 岩波書店
[33] 「東京語のゆくえ」 國學院大學日本文化研究所:編 東京堂出版
[34] 「進化と人間行動」 長谷川寿一、長谷川眞理子 東京大学出版会
[35] 「日本語方言辞典 中巻」 藤原与一 東京堂出版
[36] 「現代日本語方言大辞典 第4巻」 明治書院
[37] 「「方言コスプレ」の時代」 田中ゆかり 岩波書店
[38] <老人語>