ニコニコ動画で配信されていたアニメ「ひめゴト」第12話には、一時期、「視聴者、ノンケやめるってよ」というタグがついていた。だが、最初からノンケ(異性愛者)などいなかったのだ。ひめくんに萌えている時点でノンケではない。ノンケの男ならば、ひめくんが男という段階で萌えられなくなる。
 ひめくんに限ったことではない。わかった上で男の娘に萌えている時点で、その男は男色の素質の持ち主である。

 「男に萌えるなどと言っているのはただの冗談」という意見があるかもしれない。だが、本当に冗談ならば、同じ女装キャラでも、ひめくんのような可愛いキャラではなく、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の月光刑事や「クレヨンしんちゃん」のスーザン小雪のようなあまり可愛くないキャラこそ「萌える」と言われてしかるべきだ。その方が冗談としてもわかりやすいし、面白い。だが、人気投票の結果などを見ると、人気がある男の娘は可愛いキャラばかり[1]。そう、男の娘好きは本気で男の娘に萌えているのである。

 「男の娘キャラは、設定上は男でも見た目は女だから、ノンケの男が萌えてもおかしくない」という反論があるかもしれないが、それは必ずしも当てはまらない。なぜなら、男の娘キャラが男の姿をすることは決して珍しいことではないからだ。
 また、漫画などでは、しばしば男の娘の股間のふくらみが描写される[2]。これに萌えていながらノンケと言い張るのは無理がある。

 そもそも、男の娘という萌え属性はショタからの派生である[2]。そして、ショタというのは元々女向けの萌え属性であり[2]、「ショタコン」という言葉も、最初は「女の人が小さな男の子を好きになること」を指していた[3]。さらに、1995年に初めての男向けショタアンソロジー「アンダーカバーボーイズ」(茜新社)が発売される前は、ショタものは専らやおいの一分野として扱われていたのだ[4]
 1995年に始まったショタオンリー同人誌即売会「ショタケット」の参加者は当初から大半が男であったように[5]、ショタ好きの男というのは昔から存在した。だが、1997年発行の本に「(ショタコンは)ロリコンもののツルペタ系が好きならば男性読者でもわりと受け入れやすいのではないだろうか。」と書かれているように[6]、90年代には、まだまだショタは女向けの萌え属性と見なされており、男がショタに萌えることはある種の冒険と考えられていたのだ。
 近年になってショタが男向けの萌え属性として確立したせいか、ショタ好きの男はノンケだと主張する人も目立つが[7] [8]、そういう人はショタが元々女向けの萌え属性であったことを思い出す必要があろう。ショタが好きな男がノンケならば、ショタが好きな女はレズビアンということになる。だが、実際はそのように見なされてはいない。

 また、2次元のキャラと現実の性的指向とは別と考える人もいるだろう。つまり、相手が2次元ならば、男が男の娘に萌えても同性愛ではないということだ。だが、それならば、男が女の子に萌えることも異性愛から除外されねばなるまい。となると、「3次は惨事」などと言って3次元の人間を拒否している萌え豚どもは実は無性愛者というおかしなことになる。だが、もちろんそんなことはない。相手が2次元だろうが3次元だろうが、萌えを理解できる人は通常有性愛者に分類される。
 さらに、詳しくは後述するが、2次元の男の娘に興味のある人が3次元の女装に興味を持つことは、決して珍しいことではないのだ。


 そもそも、世の中でノンケは必ずしも圧倒的多数派とは言えない。例えば、アルフレッド=キンゼイが発表した報告書によると、成人男性の10パーセントが同性愛者であり、46パーセントが男女両方に性的に反応したという[9]
 現在では、キンゼイ報告の信憑性は疑われているが[9]、だからといって即座に両性愛者の多さを否定できるわけではない。例えば、世界の未開社会のおよそ3分の2では、男色が当たり前におこなわれていた[10]。日本では、戦国時代から江戸時代前期にかけて、武士を中心に衆道が隆盛した[10] [11] [12] [13]
 このように、男でも女でもいける男は珍しくないのである。むしろ、完全なノンケなど一体どれほどいるのやら。

 さて、上で「戦国時代から江戸時代前期にかけて衆道が隆盛した」と述べたが、その始まりは、寺院や戦場などの女が少ない場所で少年を女代わりに愛でたことである[10]。つまり、男色といえども、当初は異性愛の変形であったのだ。
 だが、それで終わる話でもない。平和な時代になっても、1700年頃までは、武士の間の義兄弟関係や、大名とその寵童という形での男色が盛んにおこなわれていたのだ[11]。女に不足のなかったはずの将軍家にあってさえ、5代将軍綱吉までは両刀が主流であった[13]
 男色が単なる女色の代用品であったならば、太平の世で男色と女色が共存するはずがない。戦場から城下町に戻れば、皆さっさと女に乗り換えてしまっただろう。だが、実際はそうはならなかった。つまり、当初は異性愛の変形として広まった男色だが、後には同性愛として確立したと考えるのが妥当であろう。
 このように、戦国時代から江戸時代前期にかけて隆盛した男色だが、18世紀になると、江戸や大坂などの大都市では明らかな衰退を見せている。その原因として、氏家幹人氏は、女性の装飾文化が魅力的になったことや、社会の安定に伴って家を永続させようという気分が高まり、結婚や元服の年齢が低下して、男色の対象となる元服前の独身男性が減ったことなどを挙げている[11] [12] [13]。しかしながら、九州(特に鹿児島、熊本)では明治にいたるまで盛んに男色がおこなわれていた。そのため、明治維新によって薩摩から東京への人口流入が起こると、それまで女色に圧倒されて勢いを失っていた男色が息を吹き返した[11] [12]

 最近の医学的研究は、性的指向は先天的なものであるという説に一定の裏づけを与えている[10]。だが、江戸時代の男色は、明らかに文化――後天的に習得されるものであった。性的指向が先天的なものならば、男色と女色の両方をたしなむ習慣が社会情勢に応じて広まったり失われたりするはずもない。すなわち、当時の多くの人々にとって、同性愛は性的指向ではなく、あくまで性的嗜好、つまり文化、趣味、流行の類であったのだ。
 また、文化としての同性愛が広く受け入れられたのは、すなわち、人口の相当数が両性愛者であったことの表われである。人類の大多数が異性愛者であるのなら、文化としての同性愛が広まるはずもない。男色文化の衰退した現代社会だけを見ていると、あたかも異性愛者が圧倒的多数であるかのように見えるが、実際の所、自称異性愛者の少なからぬ割合は、心底からの異性愛者などではなく、文化的な刷りこみによって同性に興味を抱かなくなっているだけなのだ。異性愛の多くも、性的指向ではなく性的嗜好にすぎないのである。

 だが、過去の日本では男色が流行っていたことは、学校の日本史の教科書などではまず取り上げられない。教科書はお堅いので、性風俗の話題などはほとんど扱わないのだ。

 だが、過去の男色文化を取り上げたがらないのは教科書だけではない。ゲイリブの啓蒙書でも、過去の男色文化はあまり取り上げられていないのだ。
 例えば、「LGBTってなんだろう?」(藥師実芳、笹原千奈未、古堂達也、小川奈津己 合同出版)には、過去の男色に関する言及が全くない。「聞きたい 知りたい 性的マイノリティ」(杉山貴士:編 日本機関誌出版センター)では、過去の男色文化について触れられているのはたった1か所。しかも、「古代ギリシャや戦国時代の日本のように、同性愛が一定認められていた時代、文化もありました。(p.94-95)」という不正確な記述のみだ。
 単純に考えれば、歴史上の偉人が同性愛をたしなんでいたことを大々的に宣伝し、自分たちの権威づけに利用しそうなものである。だが、実際はそうではない。
 それはなぜか。

 考えられる1つ目の理由としては、男色史の専門家が少ないからというものがある。日本では、ジェンダー研究やセクシャリティー研究は専ら社会学者が担っており、歴史学の世界では異端と見られているのだ[14]

 考えられるもう1つの理由としては、思想的に相容れないからというものが挙げられる。
 「聞きたい 知りたい 性的マイノリティ」において、日本共産党大阪府委員会副委員長の宮本たけし氏は、「およそ「男は男らしく、女は女らしく」などというジェンダーバイアスも、日本古来のものなどではなく、わが国において家父長制的家族が社会全体をとらえた室町時代から明治憲法時代に至る、たかがか600年ほどの歴史に根ざしたものである。(p.42)」と述べている。だが、その「家父長制的家族が社会全体をとらえた時代」が、同時に男色の栄えた時代であったことには触れていない。
 ゲイリブとフェミニズムは、既存のジェンダー観に反発するという点で近しい関係にある。
 しかしながら、江戸時代の男色は強烈な男尊女卑を背景にした、まさに「『男は男らしく、女は女らしく』などというジェンダーバイアス」の塊であったのだ[12] [14]。善であるホモセクシャルと悪であるホモソーシャルの奇跡の融合。同性愛を肯定しつつ、男女差別も肯定している。たたえようにもけなそうにも都合の悪い存在だ。
 また、ゲイリブというのは、社会的弱者である同性愛者の権利向上のための運動である。
 前掲書において、宮本氏は「今日の日本の政党で、ここまで明確に性的マイノリティの人権保障を具体的政策課題として掲げている政党は日本共産党しかないと自負している。(p.44)」と述べている。しかし、その日本共産党も、かつては同性愛を「ブルジョア的」と非難していたのだ[15]。庶民の間にも広まっていたとはいえ、過去の男色を担っていたのは主に武士や僧侶[11]。社会的弱者どころか、その対極の特権階級だ。ブルジョア的な性愛を嫌う立場にしてみれば、擁護する気になれないのも仕方のないことだ。
 ブルジョア的な性愛に対する嫌悪は、同性婚を認めるべきと言いつつ、その一方で一夫一婦制に固執していることからも窺える。
 現代社会は一夫一婦制が主流である。しかし、文化人類学者のG. P. マードックによると、世界の849の伝統社会のうち、実に8割以上の社会に一夫多妻の制度が存在していたという。その一方で、一妻多夫が認められている社会は4つしかなく、しかも、それらの社会でも純粋な一妻多夫が標準として採用されているわけではない。また、一夫多妻が認めらている社会でも、それを実現しているのは少数の富裕な男性だけというのが実情だ[16]。つまり、伝統的な複婚は男女不平等でブルジョア的なのである。
 だが、だからといって、どんな性愛のスタイルも認められるべきと言っていながら、一夫一婦制以外を真っ当な性愛のスタイルと認めないというのはフェアではない。これを暴論と思う人もいるかもしれないが、それは正しくない。なぜなら、オランダのように非伝統的な複婚が認められている国もあるからだ[17]。正確には「結婚」ではなく「市民同盟」という名目だが、実質は結婚と変わらない。同性婚を認めるなら一夫多妻も認めろというのが暴論ならば、オランダ自体が暴論王国なのである。
 なお、オランダで初めて3人による市民同盟が認められたのは2005年、「聞きたい 知りたい 性的マイノリティ」が発行されたのは2008年のことである。

 このように、教科書でもゲイリブでも積極的に取り上げられることの少ない過去の男色文化だが、その存在がほとんど忘れられているかといえば、そういうわけでもない。むしろ、雑学本[18]やギャグ漫画[19]で註釈なしでネタにされているように、半ば常識として扱われている。


 しかしながら、過去の日本で栄えた男色文化と、昨今のショタ・男の娘萌えとに直接の関係はない。近代化に伴う欧米の価値観の流入により、男色は恥ずべきものと考えられるようになり、20世紀初頭にはその伝統も衰退した。昨今の男の娘萌えは、21世紀にショタ萌えから分岐した、ごく新しいものなのである。そして、ショタはやおいからの派生。昨今の男の娘萌えの直接のルーツは、衆道ではなく、あくまでやおいなのだ。

 女装自体は大昔から存在する。古事記にも書いてある。
 漫画に限っても、「ストップ!! ひばりくん!」(江口寿史 1981年開始)、「ミントな僕ら」(吉住渉 1997年開始)、「少女少年」(やぶうち優 1997年開始)など、男の娘をメインキャラクターに据えた作品は前世紀から存在する。いたずら、ミスコン参加、芝居、女子校潜入、替え玉……などの目的でメインキャラクターが一時的に女装するというレベルならば、「サザエさん」(長谷川町子 1946年開始)、「究極超人あ~る」(ゆうきまさみ 1985年開始)、「カードキャプターさくら」(CLAMP 1996年開始)、「行け!! 南国アイスホッケー部」(久米田康治 1991年開始)、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(秋本治 1976年開始)など、通常男の娘漫画に分類されない作品にも見られる。「わぁい!」編集長の土方敏良氏は、「昔の漫画では、女装は登場人物の人生観が変わるほどの一大事だった」と述べているが[20]、必ずしもそうとは言い切れないのだ。
 だが、それらはいずれも散発的なものであった。アニメ化した「ストップ!! ひばりくん」やシリーズ化した「少女少年」のような人気作もあったが、「女装もの」というジャンルを確立・普及させるには至らなかったのだ。
 また、「ミントな僕ら」の連載が始まったのは1997年だが、構想自体はもっと前から存在した。そもそも、「ミントな僕ら」は、1988年に吉住氏が初めて連載を持つことになった際、連載作の候補の1つとして考えていたものなのだ。しかしながら、当時の担当編集者は気持ち悪いとそれを拒否したという[21]。ここからも、当時は今ほど女装が受け入れられていなかったことが窺える。

 男の娘が独立した萌え属性と認められるようになったのは2000年代前半~中盤。ごく最近のことである。2001年に「男の娘」という言葉が使われていた例もあるが、それはハリー・ポッターを指してのものだった[22] [23]。単なるショタを「娘」と言っていることから、当時は男の娘がショタとは別の萌え属性として確立していなかったことがわかる。
 今でも単なるショタを「男の娘」と呼ぶ人はいるが、そのような発言に対しては、大抵詳しい人の突っこみが入る。だが、2001年にハリー・ポッターを男の娘呼ばわりした人には、何の突っこみもない。このことも、当時は男の娘がショタから分化していなかったことを示唆している。

 その後、2002年には「GUILTY GEAR XX」、2005年には「はぴねす!」といったゲームが発売され、そこに登場する男の娘に人気が集まった。
 「GUILTY GEAR XX」には、ブリジットという男の娘キャラが登場するが、このキャラの人気がきっかけとなり、女装少年オンリー同人誌即売会「鰤計画」(後の「計画」)が開催されることとなった[24]。また、「はぴねす!」の渡良瀬準は、男の娘ブームの火つけ役とも言われている[25] [26]

 このような男の娘の魅力を前面に押し出した各種作品の流行により、2000年代後半には、男の娘は完全に萌え属性として確立した。前述の通り、世の中の異性愛の相当数は性的指向ではなく単なる文化である。適切な刺激さえ与えられれば、自称ノンケでも男に萌えられるようになるのだ。
 男の娘ブームはまさにその適切な刺激であった。そして、その刺激の結果、「女装もの」がジャンルとして確立し、可愛い男の娘に萌える人が増えたのである。かつて、日本では男色文化が栄え、そして廃れた。しかし、別口由来の「男の娘萌え」の定着により、男色文化は新たな姿を得て21世紀の世に復活したのだ。

 2010年には、とうとう男の娘専門誌「わぁい!」(一迅社)と「おと☆娘」(ミリオン出版)が創刊された。惜しくも前者は2014年、後者は2013年に休刊となったが、短い期間ながら、両誌は数多くの男の娘漫画を世に出し、「女装もの」というジャンルの可能性を世に知らしめた。
 創刊前には、どれも似たような話になってしまわないかという心配する人もいたが[27]、蓋を開けてみれば、掲載作品は千差万別。同じ「女装」という題材を使っているにもかかわらず、その作風はギャグからシリアスまで多岐にわたっている。共通のテーマである「女装」の位置づけも、作品によって全く異なる。また、主人公にしても、「ぱすとふゅーちゃー」の朱莉鹿児のようなノリノリ系女装男子だったり、「ひめゴト」の有川ひめのような無理矢理系女装男子だったり、「さざなみチェリー」の汀一弘のような女装していない男の子だったり、はては「ボクと僕」の紀美野結城のような女の子だったりと、実に多様である。カップリングだって、男の子×男の娘、男の娘×女の子、男の子×女の子(いずれも逆転可)と、よりどりみどりだ。
 そんな数ある男の娘漫画の中でも、男の娘史を語る上で重要なのは、吉田悟郎の「オトコの娘ラヴァーズ!!」だろう。これは「男の娘萌え」それ自体をテーマにした漫画であり、話の面白さもさることながら、男の娘論としてもすぐれた1冊である。このような作品が生まれたということは注目に値する。なぜなら、「男の娘」が萌え属性として確立しただけでなく、論じるに値するレベルまで成熟したことの表れだからである。

 ジャンルが確立してさまざまな作品が作られると、生まれるのは作品ごとの人気の差である。女装ものも例外ではなく、多くの作品が単行本1~2巻で終了する一方で、ドラマCD化されたりアニメ化されたりするような人気作も現れた。
 作品数が少ないうちは、可愛い男の娘が登場するというだけでもアピールポイントになったが、作品数が増えるとそうはいかない。読者は単に「男の娘」という萌え属性を求めているのではなく、魅力的な作品を求めている。当然のことながら、キャラが可愛かったり、話が面白かったりする作品は人気が出るが、そうでない作品は人気が出ないのだ。
 専門誌発の作品中、最大のヒット作と呼べるのは、やはり、佃煮のりおの「ひめゴト」だろう。「わぁい!」本誌での連載と並行して、「わぁい! mahalo」、「Comic REX」でも連載されていたし、「わぁい!」が休刊した現在でも「Comic REX」で連載を続けているくらいだ。さらに、2014年夏にはテレビアニメ化を果たした。5分アニメとはいえ、アニメ化したのは「わぁい!」連載作品でこれが唯一である。記念すべきことだ。


 以上は2次元での話だが、ほぼ同じ時期に3次元での女装の流行も発生している。
 流行の最初の兆候と言えるのが、2004年1月に始まった悟りブームである。さらに2007年9月には、女装マニュアル本「オンナノコになりたい!」(三葉 一迅社)が発売された。
 なお、「オンナノコになりたい!」初版第1刷の帯には、「もっとかわいい「男の娘」になろう!」という一文がある。女装した可愛い男の子を指す言葉として「男の娘」という単語が普及したのは2008年頃というのが定説だが[20] [28]、「男の娘」という言葉は、その普及前から2次元と3次元の両方を指して使われていたことがわかる。

 単に両者の流行が並行しているだけではない。「わぁい!」には「リバーシブル!」、「おと☆娘」には「煌!! 男の娘塾」という、女装マニュアルとしても使える漫画が連載されていたし、また、両誌とも女装指南コーナーを設けていた。さらに、これらの雑誌には女装サロンやコスプレ用品店の広告が載っていた。このことからも、2次元の男の娘が好きな人と3次元の女装に興味を持った人は相当かぶっていることが窺える。
 また、女装少年オンリー同人誌即売会「計画」では、催しの一環として女装コスプレコンテストを開いていた[29]。コスプレというと、えてしてする人ばかりが注目されるが、見る人のことも忘れてはならない。女装オンリーイベントでコスプレコンテストをおこなうということは、すなわち、参加者には3次元の女装の観賞が好きという人が少なからず含まれているということなのだ。

 女装の流行はごく少数のおたくだけのものではない。気軽に女装を楽しむ人が増えていることは、マスコミでも取り上げられている[30]。女装サロンは慢性的に混雑している。また、女装もののアダルトビデオの増加からは、実践する人だけでなく、観賞する人も増えていることが窺える。
 さらに、2014年11月11日には、山梨県立富士北稜高校で、男子と女子が制服を交換して1日を過ごすという素敵なイベントがおこなわれた[31] [32]。性同一性障害のために社会的な不利益を被っている人の存在を知った3年生が提案したもので[32]、性差を見つめ直すといういたって真面目な目的でおこなわれたものらしい。だが、そのような目的はどうあれ、このイベントに遊びや祭りの側面があることは否定できない。イベントに参加したのは希望者のみだし、元々異性装は楽しいことだからである。そもそも、学業以外の校内イベントなど、大概は遊びなのだ[33]


 さて、これまで述べてきたように、同じ女装といっても、その内側は実に多様である。3次元が好きな人もいれば、2次元が好きな人もいる。同じ3次元でも、観賞が好きな人もいれば、実践する人もいる。また、同じ2次元でも、ショタやTSなどの隣接分野(図1)をもたしなむ人もいれば、そうでない人もいる。

図1
図1

 だが、これらは決してばらばらに存在しているのではない。観賞派と実践派などは全く反対の人間のようにも見えるが、実際はそうとは限らない。前述のように、2次元派と3次元派、観賞派と実践派をかけ持ちしている人は決して少なくないと考えられるのだ。
 「オトコの娘ラヴァーズ!!」の作中で言われていたように、この状態は、元々似て非なるものが「男の娘」の名の下に一緒くたにされた結果にすぎないのかもしれない(図2)。

オトコの娘ラヴァーズ_02
図2

 しかし、元はどうであれ、ジャンルが確立した今となっては、2次元と3次元、観賞と実践の間の壁は低いのである。


図版出典一覧
図1:「オトコの娘ラヴァーズ!!」 吉田悟郎 ミリオン出版 p.79
図2:同上 p.52

[1] 「わぁい!」Vol.2以降のアンケート結果発表参照
[2] コミックナタリー - [Power Push] わぁい!
[3] ショタコンとは (ショタコンとは)
[4] ショタケットとは - はてなキーワード
[5] ショタケット
[6] 「東大オタク学講座」 岡田斗司夫 講談社 p.263
[7] ショタコンにこそ知ってほしいショタコンとホモの違い
[8] ショタコンについて語るスレ
[9] キンゼイ報告
[10] 「男色の日本史」 ゲイリー・P・リュープ 作品社
[11] 「武士道とエロス」 氏家幹人 講談社現代新書
[12] 「江戸の性風俗」 氏家幹人 講談社現代新書
[13] 「江戸のエロスは血の香り」 氏家幹人 朝日新聞出版
[14] 「日本売春史」 小谷野敦 新潮選書
[15] 日本におけるLGBTの権利
[16] 「進化と人間行動」 長谷川寿一、長谷川眞理子 東京大学出版会
[17] First Trio "Married" in The Netherlands
[18] 「眉目秀麗の森蘭丸は、織田信長の便器だったことになる?」(「トイレで笑える雑学の本」 プランニングOM<オム>:編 講談社+α文庫 p.214)
[19] 「でもこの時代(引用者註:戦国時代)の武将ってホモばっかりだから間近で武将同士のホモが見れるのか……」(「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」喪68 谷川ニコ スクウェア・エニックス)
[20] 『朝日新聞』朝刊の教育欄「いま子どもたちは 男装/女装」(第8回)
[21] 「ミントな僕ら 1」 吉住渉 集英社
[22] 現実の茄子姐を追いかけるスレ
[23] 男の娘の喋り方 その3
[24] 男の娘
[25] 女装少年にキュンキュンきちゃう? 話題の“男の娘”に萌えるべし!
[26] 「わぁい!」Vol.7 p.4
[27] 「わぁい!」Vol.3 p.223
[28] 「男の娘」の商標出願、「他社への権利主張が目的ではない」
[29] 「計画0x10」参加案内
[30] 「男の娘」になってみる? カジュアル女装、裾野広がる
[31] 男女が制服交換し一日を…山梨の高校で試み
[32] 「夕刊読売新聞」 2014年11月11日
[33] 大事なのは授業

 追記
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