アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」第10話では、暁美ほむら鹿目まどかソウルジェムを破壊するのだが、この行為は「介錯」と表現されることがある。

(1) 今まで守られてばかりだった自分が、初めてまどかから頼りにされた事が、よりにもよって死に行くまどかの“介錯”とは、この時のほむらの心中は我々にはとても計り知れがたい。 (2011年11月)

もう誰にも頼らないとは


(2) まどかの頼みで、まどかを介錯するほむら。 (2011年3月)

「魔法少女まどか☆マギカ」視聴日記 (後)


(3) その前の周回で魔女になる前にほむらが介錯してますから、その分がプールされてるとかですかね。 (2011年3月)

魔法少女まどか☆マギカ 第10話 コメント欄
 辞書では、「介錯」という語は以下のように解説されている。

かいしゃく [介錯]
1 つきそい。
2 切腹する人の首をはねること(人)。

「三省堂国語辞典 第四版」 三省堂 1992年2月


かいしゃく【介錯】-する 〔婚儀の世話役の意の「介妁」から〕昔、切腹する人の最期を見届け、首を刎ねること(役の人)。

「新明解国語辞典 第五版」 三省堂 1997年12月

 これら以外の辞書の語釈も同様だ。辞書の新旧や大小にかかわらず、「介錯」という語には、「切腹する人の首を斬る」(あるいはその原義である「つきそい」)という意味しか認められていない。辞書だけではなく、ウィキペディアも似たようなものだ。
 確かに、ほむらの行為は「死の幇助」であり、介錯との共通点は存在する。だが、まどかは切腹したわけではなく、ほむらもまどかの首を斬ったわけではない。辞書に従うならば、ほむらの行為を「介錯」と呼ぶことはできない。百歩譲っても比喩と解釈しなければならない。

 しかしながら、「ほむらの行為を『介錯』と呼ぶのは校正を経ていないゆえの単なる誤用」と簡単に結論づけることはできない。「介錯」という語を「切腹する人の首を斬る」より広い意味で用いた例は、ウェブ上の「まどか☆マギカ」評に限られたことではないからだ。

 例えば、ツイッター小説「ニンジャスレイヤー」には、以下のような用例が存在する。

(4) 「カイシャクしてやる」(中略)カイシャクとは、動けなくなった敵に残虐な絶命攻撃を加えるクー・デ・グラースの一種だ。 (2011年2月)

「ニンジャスレイヤー」 ブラッドレー・ボンド、フィリップ・N・モーゼズ:著 本兌有、杉ライカ:訳


(5) (拷問を終えた後で)カイシャクしてやる。ハイクを詠め (2011年9月)

同上

 作中で「カイシャク=介錯」される人は、別に切腹しようとしているわけではない。むしろ、介錯する方が先に相手を痛めつけている。
 引用文(4)の中でも説明されている通り、「ニンジャスレイヤー」では、「介錯」という語は「切腹の際の斬首」ではなく、「死の幇助」でもなく、単に「一撃で殺す」、「とどめを刺す」という意味で使われているのだ。引用元がツイッター小説だからといって、この用法を校正を経ていないゆえの誤用と見なすことはできない。なぜなら、校正を経た書籍版でも同様であるからだ。
 これだけなら、単なる忍殺語、すなわち「ニンジャスレイヤー」特有の奇妙な日本語と切り捨てることができるかもしれない。しかしながら、「介錯」を単に「とどめを刺す」という意味で用いた例は「ニンジャスレイヤー」に限ったことではないのだ。例えば、2012年に放送されたアニメ「Another」(綾辻行人・角川書店/「Another」制作委員会)第12話には、以下のような用例がある。

(6) (クラスメイトを殴打した後、意識を失った相手に向かって)介錯してあげる。 (2012年3月)

 このように、「Another」では「ニンジャスレイヤー」と同じ意味で「介錯」という語が使われている。だが、これは忍殺語ではない。言うまでもないが、台詞の主であるアカザワ=サンはニンジャではない。爆発四散はしない。

 以上の例から考えるに、「介錯」という語の意味は、「切腹の際の斬首」から「死の幇助全般」、さらには「とどめを刺すこと」へと拡大を続けていると判断できる。単なる誤用と切り捨てるだけではなく、言語変化の例として注目する必要があろう。

 さて、上で挙げた例文が最近のものばかりであることからもわかるように、この意味拡大はごく新しいものである。

 例えば、1916年に書かれた森鴎外の短編小説「高瀬舟」。この作品には、弟の自殺を手助けした罪で島流しにされる喜助という男が登場するのだが、作者は「高瀬舟縁起」において、この行為はユウタナジイ(安楽死)と共通点があると述べている。だが、森鴎外は喜助の行為と介錯の類似には言及していない。
 言うまでもないが、森鴎外が「介錯」という言葉を知らなかったわけではない。その証拠に、「堺事件」や「阿部一族」などの作品では「介錯」という語が使われている。しかしながら、森鴎外の小説では、「介錯」という語はあくまで「切腹する人の首を斬る」という意味で用いられている。死の幇助全般を指す語としては、比喩としても使われてはいないのだ*

 大正時代にまでさかのぼるまでもない。「現代日本語書き言葉均衡コーパス」の検索結果からも、「介錯」の意味拡大がごく最近であることが窺える。
 「現代日本語書き言葉均衡コーパス」は、1971年から2008年までに発行されたさまざまなテキストをデータベース化したものである。その検索対象は実に広く、本や新聞はもちろん、Yahoo! ブログYahoo! 知恵袋などの、校正を経ていない文章も含まれている。そのため、いわゆるあらたまった言葉だけでなく、俗語や誤用の例を調べることもできる。
 さて、このコーパスで「介錯」という語の用例を検索すると、時代小説の一節などを中心に、35件のヒットがある。だが、その中には、単に「とどめを刺す」などの意味で「介錯」という語が使われているとはっきり見なせる例はない。怪しいものは1例あるが、引用されている範囲だけでは、本当に単に「とどめを刺す」という意味で使われているのかはわからない。
 もちろん、このコーパスは2008年以前のすべての文章を蓄積したものではないので、検索されないからといって即座に使われていなかったと判断することはできない。だが、少なくとも、2008年以前は「介錯」の意味拡大は一般的ではなかったと考えられよう。


* 「高瀬舟」 森鴎外 集英社文庫