「全然」は否定表現が肯定表現に変化? (言語学板

1 : 知ってるつもり[] 投稿日:01/10/07 11:03
「全然」は否定表現で否定語又は否定表現と共に用いられて
きたのが程度を表す肯定表現でも用いられてる。他にも
こんなの有るのですか?
 「『全然+肯定』という使い方は誤用」という規範意識は、研究者の間で広く知られている国語史上の迷信である[1] [2]
 「全然」という副詞が広く用いられるようになったのは明治時代のことだが、当時は当たり前のように肯定文でも使われていた[3]。明治どころか、少なくとも昭和30年代までは、出版物において「全然+肯定」という表現が用いられていた[4] [5]
 また、「お言葉ですが…2」(高島俊男 文春文庫)には、「『全然』は『まったく』と同じ意味だから、肯定文で使われることも否定文で使われることもある」という旨のことが書かれている。1937年生まれである高島氏には、「全然+肯定」という用法に対する違和感がないのだ。

 なお、「全然」を「非常に」、「とても」の意味で使うのは俗用とされるが[3] [4] [6]、近年肯定文で使われている「全然」の中にも、「全く」、「全面的に」と言い換えられるものがある[4] [5]。これは伝統的な用法だ。

5 : 知ってるつもり[] 投稿日:01/10/07 12:39
「全然美味しい」とかいう使い方、数年前までなかったと思うんです。
「全然美味しくない」なら以前から否定表現では使われてたけど・・・
「全然~ない」という文法で習っってきたし・・・否定的な言葉がなくても
肯定表現中でも用いるようになって来てると思う。

 思うのは勝手だ。
 だが、前述の通り、「全然+肯定」は昔から使われている用法だ。数年前などというレベルではない。
 近年のものに限っても、例えば、SMAPの「ブラブラさせて」の歌詞には「全然平気」というフレーズがある。これは1992年に発売された曲だ。5の発言の9年前。「数年前」でくくるには少々苦しかろう。

28 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:01/10/10 09:55
程度が甚だしいことを表現する言葉に理解もなにもなかろう。

すごくいい
とてもいい
非常にいい
激しくいい

こんなの、慣れとかはやりの問題じゃあないのか?
意味なんか考えてたら使えないと思うけどね。
「全然いい」にとやかく言うやつの気が知れない。

「とてもいい」はおかしい! という声が聞こえないのは不思議だ。


35 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:01/10/11 00:32
♪とっても大好き、ドラえ~もん~
が全国民にあまねくいきわたり、肯定的表現の地位を確立したと思われ。

 「とても+肯定」が広く使われるようになったのは大正時代[3]。「ドラえもん」は関係ない。

53 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/01/18 03:31
「全然」は「まったく」だから「100%」と考えれば分かり易い。


54 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/01/18 11:01
>>53
「まったく」のほうも否定表現と呼応した歴史があるのだが。

 「新明解国語辞典 第五版」(三省堂)の「全く」の項には、「元来は、否定表現を伴った」とある。だが、そこに出てくる例文は「――忘れていた」、「――つらい話だ」、「――うまいね」、「これは――の幸運だった」と、いずれも肯定表現だ。
 また、「明解古語辞典」(三省堂)の「全く」の項には、「下に打消しの語を伴って」と書かれており、平家物語の「――出づまじ」という用例が引用されている。
 だが、その一方で、「全訳読解古語辞典」(三省堂)の語釈には、否定云々の記述はなく、肯定表現とともに使われている古今集の和歌が用例に挙がっている。

98 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/07/17 17:27
しかし、「全然~肯定文」というのが文法的に正しいと認めている
辞書なんてあるのか?
とりあえず手持ちの広辞苑と小学館の現代国語例解辞典
それとhttp://dictionary.goo.ne.jp/cgi-bin/jp-top.cgi
で調べたが、全部「文法的に間違っている」という結論のようだが。


99 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/07/17 18:22
手持ちの辞書『新小辞林 第3版』(1982 三省堂・三省堂編修所編)では
「文法的に間違っている」という指摘にはなっていなかった。
俗語表現ということになっている。

ぜんぜん【全然】(副)①(打消語を伴って)まるで。
②(俗に、打消語を伴わずに)すっかり。全く。「―うれしい」

監修者がいない古い卓上辞書のわりに(それゆえに?)、
変な日本語啓蒙的記述でないところに、個人的な好感をもっている。


101 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/07/17 20:55
>>99
広辞苑だけど、

ぞくご 【俗語】
(2)(標準的な口語に対して)あらたまった場では用いにくい、くだけた言葉。スラング。さとびごと。俚言(りげん)。

その辞書の著者は全然~肯定文は「標準的な口語としては認められない」
つまり「現代標準語の文法的に誤り」の意味を明示してるよ。

 明示していない。どこにも「文法」などと書いてはいない。
 例えば、「広辞苑 第四版」の「全然」の項には以下のように書かれている。

二〔副〕
1 すべての点で。すっかり。「――君にまかせる」
2 (下に打消の言い方や否定的意味の語を伴って)全く。まるで。「――わからない」「――駄目だ」
3 (俗な用法として、肯定的にも使う)全く。非常に。「――同感です」

 そもそも、1で「全然+肯定」を正用と認めている。さらに、3は俗な用法とされているが、例文を見る限り、1との違いは窺えない。語釈から若干意味にずれがあることを感じるのみだ。また、goo辞書や「岩波国語辞典」の語釈も似たようなものである[4]
 ついでに言うと、俗語と標準語の決定的な違いは品位である。品位と文法は別のものだ。

109 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/07/17 22:01
>>104,105
よく読んでみ。

【俗語】の説明のところに
>(標準的な口語に対して)
とあるだろ?
つまり俗語は「標準的な口語」ではない、と明記されているわけ。

「標準的な口語ではない」=「標準的な口語の文法に照らして誤り」だろ。

ちなみに
こうご 【口語】
(2)現代の話し言葉、およびそれに基づいた書き言葉。現代語。⇔文語〔明治以前の時代に使われた言葉についても、
その時代の話し言葉ならびにそれに基づいた書き言葉を口語ということがある〕

とあることから、夏目漱石の文章は文語だから
「標準的な口語の文法」に従ってなくてあたりまえ。

 徹頭徹尾でたらめである。

 夏目漱石の文章で、「全然+肯定」を使っているものとしては、「坊っちゃん」の「いったい生徒が全然わるいです。」[7]という一文がよく知られているが、「坊っちゃん」は口語体で書かれた小説であり、先に挙げた文ももちろん口語文法に則って書かれている。

114 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/07/18 00:10
>>109
おっ、結構善戦してるな。

とりあえず、肯定派の必殺技「漱石も使ってますが、何か?」が
使用不可になったのはエライ。
もっとがんがれ。

 何も知らない奴が混ぜっ返していやがる。

115 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/07/18 00:27
漱石のつかっている「全然+肯定」の類いは、
『坊ちやん』にも出てくるはずだが、
あれは立派な口語文であって、文語文ではない。

自信満々にデタラメを口にするから恐いよ。


116 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:02/07/18 00:37
>>115
>>109をよく読んでね。
漱石の文章は「文語」もしくは「明治時代の口語」
いずれにしても「現代口語」の範疇外。

それとも君の持ってる辞書には違うことが書いてあるの?

 もちろん、違うことが書いてあるのである。

 「文語」というのは、平安時代の文法を基礎とした言葉である。
 文語と明治時代の口語とを一緒くたにして、現代口語を別枠に置くような日本語史の時代区分はない。一般的に、明治以降は「現代」に分類される。明治・大正を「近代」、昭和・平成を「現代」とするわけ方などもあるが[3]、いずれにしても、明治時代と平安時代をひとまとめにすることはない。
 なお、前述の通り、「全然+肯定」という表現は昭和30年代でも使われていた。明治はともかく、戦後の言葉を現代語ではないと言い張るのはあまりにも無理がある。

247 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:04/10/24 00:57:47
俺は「全然」には否定表現派だが、
確かに「全然大丈夫」だの「全然OK」とかよく耳にする。
しかし、「全く~」という言葉には否定表現がくる。
「全く大丈夫」や「全くOK」は聞かないなあ。


248 : 名無し象は鼻がウナギだ![sage] 投稿日:04/10/24 01:04:54
>>247
「全く」は肯定表現に使えます。

 上に書いた通り、「全く+肯定」という表現は当たり前に用いられている。辞書の用例も肯定文である。

465 : 名無し象は鼻がウナギだ![] 投稿日:2008/05/25(日) 07:35:34 0
>全然生徒が悪いです

生徒が「良い」「正しい」を否定している。

 していない。この文を「全然よくないです」などと置き換えたら、文脈的に意味が通らなくなってしまう。
 これは、中学校の職員会議でバッタ事件について話し合うシーンでの主人公の台詞である。生徒が暴れたのは学校や教師のせいだという意見が支配的になったことに対し、主人公が異議を申し立てているのだ。つまり、「(学校や教師ではなく)全面的に生徒が悪い」と言っているのである。
 もしこれが「生徒はよいか悪いか?」という問いに対する答えだとしたら、「全然よくない」と解釈しても問題ないのだが、この場合はそうではないのである。
 入手困難な文献というわけではないのだから、原文に当たってみたって罰は当たらないだろう。


 さて、このスレッドが立ったのは2001年のことだが、その当時でも、「全然+肯定」という用法の歴史に関係する資料は容易に手に入った。例えば、「日本語の歴史」は1997年、「お言葉ですが…2」(文庫版)はまさに2001年の発行である。
 しかしながら、スレッドを見るに、調べるどころか、思いつきや思いこみに基づくいい加減な発言が目立つ。所詮便所の落書きとはいえ、そのレベルの低さは呆れるほどだ。


[1] なぜ広まった? 「『全然いい』は誤用」という迷信
[2] 「『全然いい』は誤用」という迷信 辞書が広めた?
[3] 「日本語の歴史」 山口秋穂、鈴木英夫、坂梨隆三、月本雅幸 東京大学出版会
[4] 「全然OK」は全然OKか
[5] 「お言葉ですが…2」 高島俊男 文春文庫
[6] 「全然」の話
[7] 「坊っちゃん」 夏目漱石 角川文庫 p.87