学問がすべて

つまらないは正義

2013年11月

大事なのは授業

 先日、興味深い記事を見つけた。

 生徒会のすすめ - 高校生が学校と闘う武器

 高校の生徒会活動が停滞しているのは、生徒が無気力で、自主的な行動など面倒臭いと思っているから――上のリンク先ではそのように主張している。だが、私はそれだけだとは思わない。高校の生徒会活動が停滞しているのは、生徒にとって、学校の自治などろくに価値がないからだ。

 以下、自分の高校時代を思い出して書く。

 高校生には授業が終わったらすぐに帰宅する人も多い。このような生徒にとって、生活の中心は学校ではない。学校は授業を受けるためだけに通う場所にすぎない。
 部活、生徒会、各種行事……。学校案内や卒業アルバム、さらにはフィクションで好んで取り上げられるこれらの要素も、学校中心でない生活を送る生徒にとっては優先度の低いものなのだ。

 そもそも、生徒会には何ができるのか。リンク先から引用してみる。

そんな僕の生徒会時代の成果は、文化祭実行委員会の組織図を変更したりだとか、同好会や部活の成立要件を緩和したりとかだった気がします。

そこで見たものは、制服の指定を緩和したり、生徒会役員の任期や選挙の時期を変更したり、文化祭で模擬店を出せるように規則を変えたりなど、地味なものが多かったように思います。

 地味以前に、どうでもいいことばかりだ。少なくとも、学校中心でない生活を送っている生徒にとっては。

「私の問題」ではなく「私たちの問題」=「共同体の問題」に、「偉い人」が上から解決していくのではなく、末端メンバーの立場から解決していく姿勢は、今後ますます求められてくるでしょう。

 そもそも、「私たちの問題」ではないのだ。ごく一部の生徒にとってのみ重要な問題、すなわち、大半の生徒にとっては「私たちの問題」に見せかけた「他人の問題」なのだ。
 よしんば、「私たちの問題」だとしても、その当事者はすぐに卒業してしまう。一方、天下り的に恩恵を受ける後輩にとっては、見も知らぬ「偉い人」(=OB)が親切にも自分たちの問題を先回りして解決してくれたことになる。結局、どちらにとっても「自分たちのことは誰かに決めてもらうのではなく、自分たちで決めていく」ことにはならない。
 それ以前に学校は共同体じゃないし。利益社会だし。

 高校生にとって本当に重要な問題は、授業、さらには進路である。この点だけは、生活が学校中心であろうとなかろうと変わらない。
 だが、それらは生徒が団結することで解決できるものではない。個人レベルで解決できるものか、あるいは政府レベルで解決すべきものだ。例えば、成績のよしあしなどは前者、学校のカリキュラムや大学入試のシステムは後者だ。個人的な問題に他人を巻きこむべきではないし、また、未成年には参政権がないから、政府レベルの問題についてはどうしようもない。

 繰り返すが、学校でいちばん大切なのは授業だ。それ以外はおまけのようなものだ。カリキュラムに口出しできない生徒会活動など、所詮そのおまけの一部、自治ごっこにすぎない。

ニューエクスプレス アイヌ語

 ニューエクスプレス アイヌ語 《CD付》

 とうとう今月、白水社から「ニューエクスプレス アイヌ語」が発売される。内容は完全リニューアル。しかも、旧バージョンの千歳方言ではなく、沙流方言を取り扱っている。旧版を持っている人でも買う価値がある本だ。

 アイヌ語の学習環境は、決して貧弱なものではない。それでも、アイヌ語の新しい教材が出るというのはそうしばしばあることではない。実にめでたい。
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