「アイヌ語 話者」という検索語で来る人が多いので、今回はアイヌ語の話者数について述べたいと思う。

 ユネスコが「アイヌ語の話者は15人」と発表したのは2009年のこと。そのニュースを聞いた時、アイヌ語研究者の間に驚きが走ったという。そんなに多いはずがない、15人というのは一体誰と誰のことなのかと。アイヌ語の話者をひとりひとり数え上げても、到底15人には達しないからだ。ユネスコが言語調査に用いたのは、アレクサンダー=ヴォービンという研究者が提出した古いデータであった。そのため、実際よりも大きい数字を発表することとなってしまったのだ[1]
 なお、ウィキペディアでは、1991年の調査結果と述べた上で、この15人という数字を挙げている。一方、エスノローグでは、2007年の資料に基づき、10人という数字を挙げている。
 2011年には、中本ムツ子氏が亡くなっている。エスノローグの記述を信じるならば、現在、アイヌ語の話者は9人以下ということになる。ただし、中本氏はアイヌ語の母語話者ではなく、第二言語としてアイヌ語を身につけたそうだが。

 さて、「アイヌ語 話者」で検索すると、このブログと並んで上位に表示される記事がある。これだ。当該記事には、以下のような記述がある。

ロシアでも話されるとエスノローグはいっているが、こちらの未来も芳しくなさそうだ。サハリン方言は話者がもういない。1994年に最後の話者が死んだ。タライカ方言については情報を見つけることが出来なかった。

日本人が色丹島に強制移住させた千島(クリル)アイヌは環境の変化に堪ええず、死滅したといわれている(漁労狩猟民だった彼らに農耕を強い、環境の変化もあって病没があいついだという)。だから千島(クリル)方言も、あるいはとうに失われているのかもしれない。

消え行くアイヌ語

 「ニューエクスプレス・スペシャル 日本語の隣人たちII」(中川裕:監修 小野智香子:編 白水社)や「アイヌ語方言辞典」(服部四郎:編 岩波書店)などで取り上げられている樺太方言は、西海岸、ライチシカの言葉である。対して、樺太東海岸、アイヌ語圏の最北で使われるタライカ方言は、ライチシカ方言よりも古い形を残している、貴重な方言であるらしい[2]。タライカ方言の話者としては、長嵐イソ(1882 - 1964)という人物がいた[2]
 色丹島に移住させられても、千島アイヌが死に絶えたというわけではない。色丹島に移住した千島アイヌの末裔は、第2次大戦後、北海道に移住した。だが、色丹への移住後、人口が激減したのは確かで、その言語も明治時代のうちにほとんど失われたという。昭和三十年代、村崎恭子氏が言語調査のために北海道に住む千島アイヌを訪ねたが、すでに千島方言を知る人はいなくなっていた[3]
 千島方言の資料は、1903年に発行された鳥居竜蔵の「千島アイヌ」がほぼすべてらしい。「アイヌ語方言辞典」の千島方言に関する記述も、鳥居竜蔵の著書に基づいている[4]

 さて、アイヌ語の母語話者はもはやほとんどいない。今後増えることもまずない。それは当然で、専らアイヌ語を使う社会が存在しない以上、生まれた子供がアイヌ語を母語とすることなどありえないからだ。この状況に対し、中川裕氏は、「今となっては母語話者を問題にすること自体不要、学習者が増えることが重要。」と述べている[1]。これはその通りだろう。例えば、日本語でも母語としての古文は死語だ。だが、失われた言語というわけでもない。祝詞や和歌では現役だ。古典を原文で読む人もいる。同様に、第二言語としてアイヌ語を学ぶ人、使う人がいる限り、母語としてのアイヌ語は死んでも、言語自体が失われることはないのだ。

このままにしておいてはいけない、と思うのだが、なにか圧倒的なものに咽喉がふさがるようにして、先へ思考が進めない。

消え行くアイヌ語

 本当にこのままにしておいてはいけないと思うのならば、ご自身がアイヌ語を学んでみてはいかがだろうか。繰り返すが、アイヌであろうと和人であろうと、アイヌ語を学ぶ人、アイヌ語の知識のある人、使える人がいる限り、アイヌ語が消え去ることはない。幸い、アイヌ語の学習環境は整っている。詳細はこちらを参照されたし。


[1] 「アイヌ語のむこうに広がる世界」 中川裕 編集グループSURE
[2] 「樺太アイヌ語入門会話」 村崎恭子 緑鯨社
[3] 「オホーツク街道」 司馬遼太郎 朝日文庫
[4] 「アイヌ語方言辞典」 編:服部四郎 岩波書店