文部省は日本人の英語不能化政策の解除をしてみてはどうだろうか?

 上の記事の内容を要約すると、以下のようになる。

 日本人は英会話が苦手だが英文読解は得意である。これは学校教育が原因である。今後の国際社会では英会話が重要になるのだから、学校教育ではもっと英会話を重視すべきだ。

 陰謀論めいた書き方で煽ってはいるが、要旨を抽出してみると実に典型的な俗説であると感じた。
 以下の点について細かく考えてみたい。
  1. 日本人は英文読解が得意なのか。
  2. 日本人の語学力は学校教育でどうにかすべきものなのか。
  3. これからは誰もが英会話が必要というのは本当か。

1. 日本人は英文読解が得意なのか。

 そもそも、日本人は英文読解が得意ということを示す根拠など、どこにもない。都市伝説ではあるまいか。
 なお、菊池健彦氏は、著書において、次のように述べている。

「日本人は会話がダメで読解が得意」というのは、中学・高校と6年間、大学も合わせれば計10年間も英語を勉強したんだから、せめて読解くらいはできるようになっていてほしい、という日本人の願望の現れにすぎないのではないでしょうか。

「イングリッシュ・モンスターの新TOEICテスト最強勉強法」 菊池健彦 アース・スター エンターテイメント p.132

 身も蓋もない。


2. 日本人の語学力は学校教育でどうにかすべきものなのか。

 日本人が英語を話せないのは、学校教育が悪いからだ。学校教育を改善すれば、日本人は皆英語が話せるようになる。これはよく見る言説だが、どうも信じられない。その理由は2つある。

 まずは、大人になれば、学校で習ったことを忘れてしまうことが多いということ。
 三角関数、ボイル・シャルルの法則、ヘーゲルの思想、縦笛、マット運動……。学校で習ったこれらの知識や技術だって、卒業して使わなくなればすぐに忘れてしまうものだ。英語だって同様。いくら教育課程を工夫して英会話の特訓を行おうと、卒業後英語で話す機会がなくなれば、やがて話せなくなってしまう。

 もう1つは、義務教育や普通科高校の授業が、必ずしも実用や職業に直結するわけがないということ。実用や職業に直結した教育を行うのは、義務教育ではなく職業学校などの役目だろう。

 英語下手の責任を学校教育に押しつけるのは愚かだ。日本に英語が苦手な人が多いとしても、それは教育が悪いせいではない。切羽詰った必要性がないからなのだ。逆に言えば、切羽詰った必要性があれば、子供の頃どのような教育を受けていたかにかかわらず、誰でもそれなりに言語を習得できるのである。
 明治から昭和にかけて、食い詰めた日本人が大挙してアメリカやブラジルに移民した。昭和15年の中等学校(旧制中学、高等女学校など)への進学率はわずか25パーセント。移民のかなりの割合は、日本国内で外国語を学んだことなどない人だったに違いない。だが、それでも人々は必要に迫られ、曲がりなりにも言葉を習得し、現地に根づいたのだ。


3. これからは誰もが英会話が必要というのは本当か。

 経済のグローバル化が叫ばれて久しいが、あらゆる企業が海外に進出している訳ではない。海外進出どころか、地域密着の仕事をしている中小企業、自営業者だってたくさん存在するのだ。日本語のわからない客が増えたなどの個別の理由を除けば、地元で小規模な商売をしている人にとって、英会話の重要性はあまり高くない。
 上のリンク先の記事の著者、藤沢氏は、日本は少子化が進み、市場が縮小する傾向にあるため、これからはどんな企業も海外に進出していかなければならないと言っている。だが、果たして氏は地域密着の中小企業や個人商店を意識しているだろうか。住宅地にある個人経営のパン屋、理髪店、アパートなどの海外進出を、どれほど現実的に考えているのだろうか。氏の記事からは、それが窺えない。
 世の中、大企業ばかりではないのである。