学問がすべて

つまらないは正義

一匹狼

 「実践日本語教育を学ぶ人のために」(佐々木瑞枝 世界思想社 2011年)という本には、次のような記述がある。

 「一匹狼」という言葉は男性に使われます。 (中略) いくら女性の地位が向上したとはいえ,「一匹狼」で女性を表すことはありません。 (p.215)

 「一匹狼」という表現が女性に使われている例はほとんどありません。「一匹狼」は必ず男性を指すという暗黙の了解があるからです。 (p.217)

 大嘘である。

(1) 一匹狼の女性がモテる理由6つ。一匹狼女子はモテ要素が詰まっている (「イケジョ通信」 2015年)

(2) 女子同士で群れない「一匹狼女子」が魅力的な理由9パターン (「オトメスゴレン」 2016年)

(3) 群れない一匹狼女子は魅力的。性格や特徴から紐解く男性にモテる理由とは? (「Smartlog」 2017年)

(下線は引用者によるもの)

 このように、女性を「一匹狼」と表現する例は、決して珍しいものではないのだ。

 そして、女性を「一匹狼」と表現することは、決してごく最近生まれた用法などではない。「実践日本語教育を学ぶ人のために」の発行前にも、以下のような「一匹狼」の用例が存在する。

(4) 一匹狼のわたし、ママ友グループからはどう見られてる? (「発言小町」 2009年)

(5) インタビュー:南明奈「マドンナじゃない、一匹狼の高校生でした」 (「ライブドアニュース」 2009年)

(6) 大人の魅力を持つ 誇り高き一匹狼 (「テレビアニメ東京ミュウミュウ公式ファンBOOK」 講談社 2003年 p.13)

 (4)は母親、(5)は女性タレント、(6)は女性キャラクターを「一匹狼」と表現した例である。

 なお、これだけの用例を見つけ出すのに、素人である私が要した時間は数分である。

 佐々木氏は、日本語のジェンダー表現をライフワークとする学者である。そんな先生が、素人が片手間でこなせる調査すら怠るとは、一体どういう料簡であろうか。読者を馬鹿にしているとしか思えない。

大和言葉は美しくない

 ここ1年ほど、書店のマナー本のコーナーで、「大和言葉」をテーマにした本をよく見る。だが、それらの多くは、読むものにあきれや怒りの感情をもたらす、すさまじいまでの与太本である。

 「与太本」と判断する最大の理由は、「大和言葉」と題しておきながら、平気で漢語や混種語を列挙していることである。「馬(うま)」や「梅(うめ)」といった、一見大和言葉に見えるが実は中国語起源とされる語のことではない。音読みの漢字でできた、一目でそれとわかる漢語だ。

 例えば、「大和言葉のこころえ」(山岸弘子:監修 ギャンビット)では「粗茶(p.40)」、「食事(p.52)」、「悲喜(p.81)」、「有卦(p.149)」、「如才(p.152)」といった漢語が「大和言葉」として紹介されている。
 また、この本の巻末には、現代語を「大和言葉」に言い換えた例として、以下のようなものが挙げられている(下線は引用者によるもの。本では色違いの文字が使われている)。

薄暗い朝方に → かたわれどきに p.182
競馬にはまっている → 競馬にうつつを抜かす p.186
成績がよくない → 成績が芳しくない p.187

 言い換えるも何も、「現代語」の時点ですでに大和言葉だ。
 もっとひどい例もある。

恥ずかしいけれど → は文字ながら p.183
見かけだおしの紳士 → 銀流しの紳士 p.187
わずかな望みはある → 一縷の望みはある p.187

 「文字」も「銀」も「一縷」も漢語だ。大和言葉を漢語に言い換えてどうするのだ。

 しかも、これは著者の無知によるものではない。著者は、明らかにわかった上で漢語を載せているのだ。このことは、42ページの記述からうかがい知ることができる。ここには「水菓子」という見出しが設けられているのだが、そこに付された解説には、以下のような一文が存在するのだ。

「菓子」は漢語ですが、「くだもの」は和語(大和言葉)です。 p.42

 読者を馬鹿にしているとしか思えない。

 さて、「品のよい日本語と大人のたしなみ」という副題がつけられていることから、また、章末にマナーの解説が載っていることから、この本では、「大和言葉」を「美しく上品で丁寧な日本語」として紹介しようとしてることがうかがえる。
 だが、そもそも大和言葉というのは、日本語固有の語・形態素のことであって、決して美しい日本語、上品な日本語、丁寧な日本語のことではない。いくら美しく、上品で、丁寧な表現を掲載していようとも、それが漢語であったなら、「大和言葉」の本としての価値は地に落ちる。
 なお、「この本の『大和言葉』の定義は一般的なものと違うのではないか?」と思われた方もいるかもしれないが、そんなことはない。以下に示すように、「大和言葉のこころえ」の6ページには次のようなに書かれている。

 現在、使われている日本語には、中国から取り入れた「漢語」、中国以外の国から入ってきた「外来語」、そして日本で生まれた「大和言葉」が入り乱れています。 p.6

 この通り、ごく一般的な使われ方である。

 さて、ひどいのはこの本だけではない。上で述べたように、最近1年くらいの間に出た「大和言葉」関連本は、大半がそうである。そして、本だけでなく、「大和言葉ブーム」を取り上げたネット上の記事も同様に滅茶苦茶な代物ばかりである。
 大部にはなりづらいニュース記事やブログ記事ゆえ、挙げられる実例も少なく、そのため漢語が列挙されることも少ないのだが、それでも「大和言葉」について明らかに誤解している記事は珍しくない。軽く検索してみただけでも、以下のようなものを見つけることができる。

「マジヤベー!」に疲れたあなたは、以下の書籍を読んでみてはいかがでしょうか。

大和言葉の言い換え一覧!ズムサタで紹介され話題に

 「マジヤベー」はれっきとした大和言葉だ。

「待っています」よりも「心待ちにしています」の方が、言われた相手は嬉しく感じられるもの。

このように、大和言葉はコミュニケーションを手助けしてくれる言葉です。

大和言葉とは?日本人なら知っておきたい美しい日本語です

 「待っています」も、「心待ちにしています」も、どちらも大和言葉だ。

たしかに、美しい言葉は耳に心地がいいいが、私たちが日常で大和言葉を多用するのは口幅ったいような気も。

話題の大和言葉 「先刻」を「いましがた」にすれば印象変わる

 むしろ、漢語を多用する方が口幅ったく聞こえる。「失念と言えば聞きよい物忘れ」という川柳に代表されるように、漢語には小難しい、専門的、高級、衒学的というイメージがあるからだ。

 繰り返すが、「大和言葉」というのは、決して美しい言葉のことではない。大和言葉で下品な発言だっていくらでもできるのだ。それこそ、「くそじじい、くたばりやがれ!」だって立派な大和言葉だ。

江戸しぐさの正体の正体


 「江戸しぐさの正体」(原田実 星海社新書 2014年)の帯には、「日本の教育が危ない!」と書かれている。だが、それは最近始まったことではない。日本の教育は、昔から危なかったのだ。続きを読む

itとxe


1. (nonstandard) they (singular). Gender-neutral third-person singular subject pronoun, coordinate with gendered pronouns he and she.

xe


英語ではheは男性sheは女性を指しますが、性別区分のない三人称としてxe(ゼ)が用いられるばあいがあります。

「LGBTってなんだろう?」 藥師実芳、笹原千奈未、古堂達也、小川奈津己 合同出版 p.12

 英語には、itという三人称単数中性(すなわちgender-neutral)主格代名詞がある。通常人間以外のものを指す際に用いられるitだが、「ジーニアス英和大辞典」によると、人間であっても、赤ん坊は性別不問の存在としてitと表すという。
 だが、gender-neutralを求める人が、heやsheの代わりにitを使う様子はないようだ。それどころか、xeなる珍妙な造語まで生まれる始末である。

 「珍妙」というのは単なる私の感想ではない。英語話者の多くもそう考えているらしいことは、xeという語の誕生が1971年とずいぶん昔であるにもかかわらず、いまだに一般的な辞書に載っていないことからも窺える。例えば、「オックスフォード現代英英辞典 第7版」も、「ロングマン現代英英辞典 4訂新版」も、「マクミラン英英辞典 第2版」も、「ジーニアス英和大辞典」(大修館書店)も、「新英和大辞典 第6版」(研究社)も、「グランドコンサイス英和辞典」(三省堂)も、英辞郎 on the WEBも、xeという項目を立てていない。また、ウェブリオでも検索してみたが、ウィクショナリー以外にxeを載せている辞書は見当たらなかった。
 基礎的な語を人為的にいじるのは不可能に近いから、xeという語が定着しないのは当たり前のことである。だが、誕生して何十年も経っていながら辞書に載っていないということは、定着どころか、ほとんど知られてすらいないと判断するしかない。まさに「珍妙」だ。

<気さくな男ことば>


 言語学・日本語・方言板@JBBS掲示板には、次のような書きこみがある。

2 :名無しさん:2011/02/27(日) 02:32:25
英語などの吹き変えは何であんなに役割語を強調してるんだろう。
なぜかタメ口率がやたら高いし、男は「もちろん~さ!毎日~してるよ!君は~してるのかい?」みたいな口調、
女は「もちろん~よ。~してるわ!あなたは~してるのかしら?」みたいな口調。こんな口調の日本人はいない。
吹き変えでなくてもドラマなど台本があるものでは男性語、女性語が強調されてるのもあるけど、吹き変えに特に顕著。
吹き変え独特の口調というのが明らかに存在する感じがする。


3 :名無しさん:2011/02/27(日) 08:00:18
ええがな。
日本は吹き替えにおいて外人っぽさを表すのをあれで表現したんだろ。
アメリカならそれぞれスペイン語訛り、日本訛り みたいに各地域の人が話す訛った英語で役割を出すけど

役割語 (老人語・女性語・武士語・擬似方言など) について語る

 また、「翻訳がつくる日本語」(中村桃子 白澤社)では、「やあ、○○。~さ」や「~かい、~だい」に代表される話し方を「翻訳版・気さくな男ことば」と呼び、専ら外国人男性の発言を日本語に翻訳する場合に使われる表現と述べている。

 かたや(多分)好事家、かたや言語学者、だが、「やあ、○○。~さ」のような話し方を「翻訳独特の表現」と見なす点では共通している。

 では、本当に「やあ、○○。~さ」のような話し方は「翻訳独特」なのだろうか。答えは否である。

 確かに、現実世界で「やあ、○○。~さ」などと話す人は少ない。間投助詞としての「さ」はしばしば耳にするが(例:あのさ、それでさ etc.)、終助詞としての「さ」は、少なくとも共通語ではあまり聞かない。「やあ」という挨拶も、「~かい、~だい」という文末も、ふざけた発話くらいでしか使われない。
 だが、フィクションの台詞に目を移すと、日本人キャラクターの台詞であっても、「やあ、○○。~さ」に類する言葉づかいが当たり前に登場するのだ。続きを読む
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