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アイヌ語

アイヌ語地名考

 Googleで「アイヌ語」と検索すると、地名考のページが散見される。本屋や図書館に行けば、アイヌ語地名に関する本も見つかる。言語そのものに関する本より目立つくらいだ。実際、現在日本で使われているアイヌ語の単語の大半は地名だし、雑学としても楽しいから、地名考ばかりが取り上げられるのも理解できなくはない。

 北海道の地名の由来やアイヌ語の原名には、詳しく分かっているものも多い。だから、権威のある地名考の本――山田秀三の「北海道の地名」(草風館)など――を参考にするのであれば、地名解説もしっかりしたものとなりうる。
 だが、素人の独自解釈はひどい。特に、関東以南の地名をアイヌ語で解説したものなどには、あまりにも滅茶苦茶で呆れ果てるようなものも少なくない。
 確かに、専門家で関東以南のアイヌ語地名を研究している人もいる。しかしながら、例えば山田秀三も関東地方のアイヌ語地名の研究を行っていたが、はっきりとした結論は出せなかった[1]。このように、現段階では、関東以南のアイヌ語地名はまだ明らかになっていないのだ[2]。なお、「えびす」はアイヌ語由来の可能性のある地名だが、命名したのは和人なので、普通はアイヌ語地名扱いしない。

 関東以南の地名をアイヌ語で解釈した例としては、「『富士』の語源はアイヌ語で『火』を意味する『フチ』」という説が有名だ。「日本国語大辞典」にも載っている説だが、これは間違いである。火の神を「フチカムイ」と呼ぶことから、「フチ=火」と解釈したのだろうが、正しくない。huciは「火」ではなく、「おばあさん」という意味だ。hucikamuyが火の神という意味になるのは、火の神が老婆の姿をしているからである。

 また、「アイヌ語地名ファンブック」(本田貢 彩流社)では、1965年に出た「日本アイヌ語地名考」(山本直文)という本が紹介されている。「日本アイヌ語地名考」というのは日本全国の地名をアイヌ語で解釈した本なのだが、あまりにも滅茶苦茶、捧腹絶倒の解釈が目白押しなのだ。例えば、「アイヌ語地名ファンブック」には、次のような例が引用されている。

 静岡 si-tu-oika 大きな浦越し
 岐阜 ki-u 葭葦の広野
 金比羅 kot-pira 岩石の崖

 岐阜は戦国時代、静岡に至っては明治時代にできた地名だ。当たり前のことだが、戦国時代の岐阜や明治時代の静岡では、アイヌ語など使われていなかった。また、金比羅はサンスクリット語だ。
 アイヌ語の説明もいい加減だ。例えば、kotは「くぼみ」という意味であり、岩石のことではない。tuに「浦」という意味はないし、uという名詞もない[3]。上に挙げたもの以外では、「島」とつく地名は「suma 島」と解釈されているものが多い。だが、これも間違いだ。sumaは島ではなく石という意味だ。
 前述の通り、「日本アイヌ語地名考」は1965年の本だ。だから、アイヌ語の解釈が杜撰なのは仕方ない。何せ、当時はろくに辞書もなかった。「アイヌ語方言辞典」ですら出たばかりだったのだ。だが、静岡や岐阜、金比羅をアイヌ語由来にする点についてはさすがに擁護できない。「セントレア」や「みなとみらい」をアイヌ語で解釈するのと同レベルの荒唐無稽ぶりだ[4]

 ロマンや意外性の追求、反中央志向、民族主義……。関東以南の地名を根拠もなくアイヌ語で解釈する動機としては、いろいろなものが考えられる。だが、背後にどんな考えがあっても、できるのは低レベルな語呂合わせばかりだ。正しくない上に、ギャグとしても面白くない。

 上で、北海道の地名の由来には明らかになっているものも多いと書いたが、それでも誤った解釈は存在する。例えば、爾志郡という地名は明治の頭にできたもので、その語源は和語の「西」なのだが、永田方正の「北海道蝦夷語地名解」では、アイヌ語のヌーウシ(豊漁場)に由来すると述べられている[5]。なお、永田地名解が発行されたのは1891年。爾志という地名ができて、まだ二十数年しか経っていない時期のことだ。


[1] 「アイヌ語地名の輪郭」 山田秀三 草風館
[2] アイヌ語地名とインチキアイヌ語地名説について #gengo
[3] 「アイヌ語千歳方言辞典」(中川裕 草風館)、「アイヌ語絵入り辞典」(知里高央・横山孝雄 蝸牛社)、「萱野茂のアイヌ語辞典」(萱野茂 三省堂)、「知里真志保著作集 3」(知里真志保 平凡社)の4冊を確認。
[4] 1965年にはそんな地名などまだ存在しないが。
[5] 「北海道の地名」 山田秀三 草風館

アイヌ語の話者数

 「アイヌ語 話者」という検索語で来る人が多いので、今回はアイヌ語の話者数について述べたいと思う。

 ユネスコが「アイヌ語の話者は15人」と発表したのは2009年のこと。そのニュースを聞いた時、アイヌ語研究者の間に驚きが走ったという。そんなに多いはずがない、15人というのは一体誰と誰のことなのかと。アイヌ語の話者をひとりひとり数え上げても、到底15人には達しないからだ。ユネスコが言語調査に用いたのは、アレクサンダー=ヴォービンという研究者が提出した古いデータであった。そのため、実際よりも大きい数字を発表することとなってしまったのだ[1]
 なお、ウィキペディアでは、1991年の調査結果と述べた上で、この15人という数字を挙げている。一方、エスノローグでは、2007年の資料に基づき、10人という数字を挙げている。
 2011年には、中本ムツ子氏が亡くなっている。エスノローグの記述を信じるならば、現在、アイヌ語の話者は9人以下ということになる。ただし、中本氏はアイヌ語の母語話者ではなく、第二言語としてアイヌ語を身につけたそうだが。

 さて、「アイヌ語 話者」で検索すると、このブログと並んで上位に表示される記事がある。これだ。当該記事には、以下のような記述がある。

ロシアでも話されるとエスノローグはいっているが、こちらの未来も芳しくなさそうだ。サハリン方言は話者がもういない。1994年に最後の話者が死んだ。タライカ方言については情報を見つけることが出来なかった。

日本人が色丹島に強制移住させた千島(クリル)アイヌは環境の変化に堪ええず、死滅したといわれている(漁労狩猟民だった彼らに農耕を強い、環境の変化もあって病没があいついだという)。だから千島(クリル)方言も、あるいはとうに失われているのかもしれない。

消え行くアイヌ語

 「ニューエクスプレス・スペシャル 日本語の隣人たちII」(中川裕:監修 小野智香子:編 白水社)や「アイヌ語方言辞典」(服部四郎:編 岩波書店)などで取り上げられている樺太方言は、西海岸、ライチシカの言葉である。対して、樺太東海岸、アイヌ語圏の最北で使われるタライカ方言は、ライチシカ方言よりも古い形を残している、貴重な方言であるらしい[2]。タライカ方言の話者としては、長嵐イソ(1882 - 1964)という人物がいた[2]
 色丹島に移住させられても、千島アイヌが死に絶えたというわけではない。色丹島に移住した千島アイヌの末裔は、第2次大戦後、北海道に移住した。だが、色丹への移住後、人口が激減したのは確かで、その言語も明治時代のうちにほとんど失われたという。昭和三十年代、村崎恭子氏が言語調査のために北海道に住む千島アイヌを訪ねたが、すでに千島方言を知る人はいなくなっていた[3]
 千島方言の資料は、1903年に発行された鳥居竜蔵の「千島アイヌ」がほぼすべてらしい。「アイヌ語方言辞典」の千島方言に関する記述も、鳥居竜蔵の著書に基づいている[4]

 さて、アイヌ語の母語話者はもはやほとんどいない。今後増えることもまずない。それは当然で、専らアイヌ語を使う社会が存在しない以上、生まれた子供がアイヌ語を母語とすることなどありえないからだ。この状況に対し、中川裕氏は、「今となっては母語話者を問題にすること自体不要、学習者が増えることが重要。」と述べている[1]。これはその通りだろう。例えば、日本語でも母語としての古文は死語だ。だが、失われた言語というわけでもない。祝詞や和歌では現役だ。古典を原文で読む人もいる。同様に、第二言語としてアイヌ語を学ぶ人、使う人がいる限り、母語としてのアイヌ語は死んでも、言語自体が失われることはないのだ。

このままにしておいてはいけない、と思うのだが、なにか圧倒的なものに咽喉がふさがるようにして、先へ思考が進めない。

消え行くアイヌ語

 本当にこのままにしておいてはいけないと思うのならば、ご自身がアイヌ語を学んでみてはいかがだろうか。繰り返すが、アイヌであろうと和人であろうと、アイヌ語を学ぶ人、アイヌ語の知識のある人、使える人がいる限り、アイヌ語が消え去ることはない。幸い、アイヌ語の学習環境は整っている。詳細はこちらを参照されたし。


[1] 「アイヌ語のむこうに広がる世界」 中川裕 編集グループSURE
[2] 「樺太アイヌ語入門会話」 村崎恭子 緑鯨社
[3] 「オホーツク街道」 司馬遼太郎 朝日文庫
[4] 「アイヌ語方言辞典」 編:服部四郎 岩波書店

アイヌ語の学習環境

 話者がほとんどおらず、文献も少なく、実用性もほぼないにもかかわらず、アイヌ語の独学環境は意外なほどに整っている。


 本屋で買えるまともな学習書には、白水社の「CDエクスプレス アイヌ語」と、「カムイユカラでアイヌ語を学ぶ」がある。
 英語や中国語のように大勢の学習者がいる言語では、良質な学習書が何十冊もある。それと比べると、学習書が2つしかないというのは、非常に貧弱な環境に感じられる。だが、それは錯覚だ。まず、2冊とも音声つきで、文法解説も丁寧だ。また、それなりに話者がいる、場合によっては一国の公用語となっている言語であっても、日本語で読める音声つきの学習書がないというものも少なくない。英語や中国語の学習環境が異様なほどに恵まれているだけなのだ。話者や学習者の少ない他の言語と比べてみれば、アイヌ語は充分健闘している。

 わざわざ本屋まで行かなくとも、アイヌ文化振興・研究推進機構のサイトでは、アイヌ語ラジオ講座のテキストを無料でダウンロードすることができる。また、ラジオ講座の音声はSTVラジオのサイトでダウンロードできる。


 「アイヌ語千歳方言辞典」(中川裕 草風館)、「萱野茂のアイヌ語辞典」(萱野茂 三省堂)、「アイヌ語沙流方言辞典」(田村すず子 草風館)と、利用価値の高い一般向けの辞書が複数あることも、アイヌ語の学習を容易にしている。

 だが、アイヌ語辞典の現状には、非常に大きな問題がある。それは、「アイヌ語→日本語」の辞書があるのに、「日本語→アイヌ語」のまともな辞書がないということだ。

 今でも、日本語からアイヌ語を引くことのできる資料はある。だが、一般的な学習者がアイヌ語の作文をするのに充分満足のいくという代物ではない。

 「アイヌ語方言辞典」(服部四郎:編 岩波書店)は名著だが、あくまで専門家向けの資料と呼ぶべき代物だ。学習辞書としては欠点も多い。例えば、「田舎」、「政府」、「仏」、「面(mask)」、「家畜」などの、該当するアイヌ語の存在しない項目が少なからず存在するので、無駄な空白がかなりのページを占拠している。研究者には空白も意味があろうが。

 「日本語・アイヌ語辞典」(國學院短期大学コミュニティカレッジセンター)は、ジョン=バチラーの「アイヌ・英・和辞典」を元にしており、表記や語釈などに問題がある。
 例えば、アイヌ語には有声子音と無声子音の区別は存在しないのだが、この本では、バチラーの辞書の有声子音と無声子音の対(kとg、pとbなど)の恣意的な使い分け[1] [2]が踏襲されている。
 また、「ape(火)」を「a(燃える)+ pe(もの)」と解釈しているが、これは間違いだ。「a」単独では「燃える」などという意味は持たない。「ape a」は「火が燃える」という意味になるが、この場合の「a」は「座る」という意味の動詞「a」の派生に過ぎない[3]

 「萱野茂のアイヌ語辞典」には、日本語引きの索引がついているが、本当にただの索引なので、説明などはないし、その上、本文中で使われている訳語で引かなければならないという欠点がある。例えば、「む」の欄には「村からやや離れた所にひとりで暮らしている」、「め」の欄には「めちゃくちゃ下手な削り方をする」という項目がある。どこの誰がそんな長ったらしい句を引くというのだ!

 結局、自分で使いやすい辞書を作るのがいちばん手っ取り早い。


 さて、ここで、アイヌ語を初めて学ぶ人にお薦めの教材を挙げたい。
 まずは「CDエクスプレス アイヌ語」。上で挙げた市販のまともな学習書の1冊だ。「カムイユカラ」が応用的な内容であるのに対し、「エクスプレス」は基礎的な内容の本だ。初学者が手に取るべきはこちらだ。
 辞書としては、「アイヌ語千歳方言辞典」をお薦めしたい。その理由は、「エクスプレス」が千歳方言を扱っているからだ。千歳と沙流の方言差は少ないが、初学者がわざわざ混乱することもない。
 なお、言うまでもないことだが、沙流方言を学んでいる人が買うべきなのは、「アイヌ語千歳方言辞典」ではない。「萱野茂のアイヌ語辞典」や「アイヌ語沙流方言辞典」だ。


(2015年1月1日追記)
 2014年3月10日、3月26日追記分を整理。


[1] 「アイヌ・英・和辞典」 ジョン・バチラー 岩波書店
[2] 「アイヌ語入門」 知里真志保 北海道出版企画センター
[3] 「旭川アイヌ語辞典」 川村兼一:監修 太田満:執筆・校閲 アイヌ語研究所

アイヌ語スレッド


 アイヌ語スレッド (言語学板

1 名前: 名無し象は鼻がウナギだ! [sage] 投稿日: 2012/05/31(木) 23:11:49.70 0
外国語板に立てようとしたが、どうやらこっちに立てるものらしい
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アイヌ語の公用語化


 2008年、アイヌ民族を先住民族と認める決議案が可決された。

 その後開催された先住民族サミットで、日本政府に対して次のような提言がなされた。

 先住民族サミット「アイヌモシリ」2008から日本政府への提言

 その提言の中に、アイヌの言語権を回復し、アイヌ語を公用語化すべしというものがある。アイヌ語を公用語にした上で、義務教育でも学べるようにすべしという主張だ。公用語にという割には、アイヌ語「で」ではなくアイヌ語「を」学べるようにしろというのは腰砕けだが、現段階でアイヌ語を日常的に用いる社会が存在しない以上、アイヌ語で授業を行う学校などを作っても意味がない。

 さて、アイヌ語を日本あるいは北海道の公用語とする場合に必要となることについて、真面目に考えてみよう。

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