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駐日大使館のウェブサイトの言語

 いろいろな国の駐日大使館のウェブサイトで使われている言語について調べてみた。

 ベルギー  オランダ語、フランス語、英語
 カナダ 英語、フランス語、日本語
 中国 中国語、日本語
 デンマーク デンマーク語、英語、日本語
 フィンランド フィンランド語、スウェーデン語、英語、日本語
 フランス フランス語、日本語
 ドイツ ドイツ語、日本語
 インド 英語、日本語
 アイルランド 英語、日本語
 イタリア イタリア語、日本語
 韓国 韓国語、日本語
 ルクセンブルク 英語、日本語
 マレーシア 英語
 オランダ オランダ語、英語、日本語
 ニュージーランド 英語、日本語
 ノルウェー ノルウェー語、英語、日本語
 ペルー スペイン語、英語、日本語
 南アフリカ 英語
 スペイン スペイン語、英語、日本語
 タンザニア 英語、日本語
 タイ タイ語、英語、日本語
 トルコ トルコ語
 ウクライナ ウクライナ語、英語、日本語
 イギリス 英語、日本語
 アメリカ 英語、日本語
 ベトナム ベトナム語、英語

 ベルギー、カナダ、フィンランドには、複数の公用語がある。そのため、駐日大使館のサイトもそれぞれの言語のバージョンが存在する。

 一方、同様に多言語国家であるインドやタンザニアの大使館のサイトには、英語版と日本語版しかない。これらの国では、英語は民族間の共通語であり、高等教育での教授言語でもある。だが、インドとタンザニアの第一公用語は、それぞれヒンディー語、スワヒリ語なのだ。

 南アフリカには11の公用語が存在し、憲法ではすべての公用語が平等であることが謳われている。公用語が複数あり、それらの地位が平等であるという点では、ベルギーやカナダ、フィンランドと同じだ。だが、駐日大使館のサイトで用いられているのは英語のみだ。

 マレーシアも多言語国家だが、公用語はマレー語のみである。だが、駐日大使館のサイトで用いられているのは英語のみだ。

 ルクセンブルクの公用語はドイツ語とフランス語、そしてルクセンブルク語である。だが、駐日大使館のサイトでは、そのいずれも使われていない。

 ノルウェー語には2種類の標準語(ブークモールとニューノシュク)があり、公式には両者の地位は等しい。だが、駐日大使館のサイトにはノルウェー語版があるが、1種類しかない。私はノルウェー語を解さないので、それがブークモールなのかニューノシュクなのかはわからないが。

 アイルランドは国民の大半がアイルランド系であり、第一公用語もアイルランド語である。日常的にアイルランド語を使う住民は多くても7万人ほどしかいないが、アイルランド語は義務教育で必修科目となっている。だが、駐日大使館のサイトには、挨拶と外務省のマーク以外にアイルランド語の出番がない。


 おまけ
 在日本大韓国民団 韓国語、英語、日本語
 北海道アイヌ協会 英語、日本語
 横浜中華街 中国語、英語、日本語

日本人の英語

文部省は日本人の英語不能化政策の解除をしてみてはどうだろうか?

 上の記事の内容を要約すると、以下のようになる。

 日本人は英会話が苦手だが英文読解は得意である。これは学校教育が原因である。今後の国際社会では英会話が重要になるのだから、学校教育ではもっと英会話を重視すべきだ。

 陰謀論めいた書き方で煽ってはいるが、要旨を抽出してみると実に典型的な俗説であると感じた。
 以下の点について細かく考えてみたい。
  1. 日本人は英文読解が得意なのか。
  2. 日本人の語学力は学校教育でどうにかすべきものなのか。
  3. これからは誰もが英会話が必要というのは本当か。

1. 日本人は英文読解が得意なのか。

 そもそも、日本人は英文読解が得意ということを示す根拠など、どこにもない。都市伝説ではあるまいか。
 なお、菊池健彦氏は、著書において、次のように述べている。

「日本人は会話がダメで読解が得意」というのは、中学・高校と6年間、大学も合わせれば計10年間も英語を勉強したんだから、せめて読解くらいはできるようになっていてほしい、という日本人の願望の現れにすぎないのではないでしょうか。

「イングリッシュ・モンスターの新TOEICテスト最強勉強法」 菊池健彦 アース・スター エンターテイメント p.132

 身も蓋もない。


2. 日本人の語学力は学校教育でどうにかすべきものなのか。

 日本人が英語を話せないのは、学校教育が悪いからだ。学校教育を改善すれば、日本人は皆英語が話せるようになる。これはよく見る言説だが、どうも信じられない。その理由は2つある。

 まずは、大人になれば、学校で習ったことを忘れてしまうことが多いということ。
 三角関数、ボイル・シャルルの法則、ヘーゲルの思想、縦笛、マット運動……。学校で習ったこれらの知識や技術だって、卒業して使わなくなればすぐに忘れてしまうものだ。英語だって同様。いくら教育課程を工夫して英会話の特訓を行おうと、卒業後英語で話す機会がなくなれば、やがて話せなくなってしまう。

 もう1つは、義務教育や普通科高校の授業が、必ずしも実用や職業に直結するわけがないということ。実用や職業に直結した教育を行うのは、義務教育ではなく職業学校などの役目だろう。

 英語下手の責任を学校教育に押しつけるのは愚かだ。日本に英語が苦手な人が多いとしても、それは教育が悪いせいではない。切羽詰った必要性がないからなのだ。逆に言えば、切羽詰った必要性があれば、子供の頃どのような教育を受けていたかにかかわらず、誰でもそれなりに言語を習得できるのである。
 明治から昭和にかけて、食い詰めた日本人が大挙してアメリカやブラジルに移民した。昭和15年の中等学校(旧制中学、高等女学校など)への進学率はわずか25パーセント。移民のかなりの割合は、日本国内で外国語を学んだことなどない人だったに違いない。だが、それでも人々は必要に迫られ、曲がりなりにも言葉を習得し、現地に根づいたのだ。


3. これからは誰もが英会話が必要というのは本当か。

 経済のグローバル化が叫ばれて久しいが、あらゆる企業が海外に進出している訳ではない。海外進出どころか、地域密着の仕事をしている中小企業、自営業者だってたくさん存在するのだ。日本語のわからない客が増えたなどの個別の理由を除けば、地元で小規模な商売をしている人にとって、英会話の重要性はあまり高くない。
 上のリンク先の記事の著者、藤沢氏は、日本は少子化が進み、市場が縮小する傾向にあるため、これからはどんな企業も海外に進出していかなければならないと言っている。だが、果たして氏は地域密着の中小企業や個人商店を意識しているだろうか。住宅地にある個人経営のパン屋、理髪店、アパートなどの海外進出を、どれほど現実的に考えているのだろうか。氏の記事からは、それが窺えない。
 世の中、大企業ばかりではないのである。
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