学問がすべて

つまらないは正義

劇場版アニメの当たり年


 2016年は劇場版アニメの当たり年。私も、話題になったあの作品を見に行ってきた。

 期待を裏切らない、面白い映画だった。

 公式サイトのトップ絵を見ただけでは間違いなく誤解してしまうだろうが、あのエピソードはどちらかと言えばおまけに近い。実際の映画のメインはむしろオリジナルストーリーである。だから、全く新鮮な気持ちで見ることができるし、原作のあのエピソードが嫌いという人にも充分お勧めできる。
 新鮮な気持ちとは言っても、ストーリー展開に意外性があったというわけではない。そもそも彼女がどのような選択をするかはわかり切っていたわけで、結論がどうなるのかを期待してみるようなものでは決してない。だが、それは欠点ではない。そもそも、この映画の見所は予想を裏切る展開などではないからだ。あの結論に至るまでの彼女の葛藤こそが肝なのである。
 さて、映画にはもちろん笑いの要素も含まれていたが、それでも原作などに比べて控えめであった。特に過去のパートでは。そんな中、さりげなく織りこまれた原作者の別作品ネタには思わずにやりとしてしまった。あの2人がすれ違う様子が頭に浮かぶ。続きを読む

「ハッピーホリデー」は正しくない

 どうせ今年もやるだろう。

 今日は「メリークリスマス!」と言った奴を「お前は少数派を無視する偏狭な差別主義者だ!」とドヤ顔で叱れる日(嘘)。※再論です
 今日は「メリークリスマス!」と言った奴を「お前は少数派を無視する偏狭な差別主義者だ!」とドヤ顔で叱れる日(嘘)。※再論です
 今日は「メリークリスマス!」と言った奴を「お前は少数派を無視する偏狭な差別主義者だ!」とドヤ顔で叱れる日(嘘)。※再論です
 今日は「メリークリスマス!」と言った奴を「お前は少数派を無視する偏狭な差別主義者だ!」とドヤ顔で叱れる日(嘘)。※再論です
 今日「メリークリスマス」とか言う人は、少数者に配慮しないわるいやつ。
 再論「メリークリスマス」。そんな言葉を誰彼構わず言う、マイノリティ無視の偏見者・差別者を叱る(笑)&「聖☆おにいさん」最新刊発売(爆笑)。
 そもそも無差別に「メリークリスマス」とかいうのはPC的によろしくない。(米国のトレンド)

 さて、日本で12月25日に「ハッピーホリデー」と言うことは政治的に正しいか? もちろん正しくない。なぜなら、そもそも「ホリデー」ではないからだ。

 アメリカでは、12月25日は法定の祝日である*。12月25日は宗旨関係なく「ホリデー」だから、「ハッピーホリデー」と言っても間違いにはならない。
 一方、日本では12月25日は普通の日である。今年のカレンダーで12月25日が赤文字になっているのは、日曜日だからであって、祝日だからではない。「祝日=ホリデー」ではない日に「ハッピーホリデー」などと言うことは、ただの間違いでしかない。

 また、日本で12月25日を「クリスマス」ではなく「単なるホリデー」扱いすることは、公正でも中立でもない。なぜなら、12月25日はかつて日本でもホリデーであったことがあるからである。大正天皇祭だ。日本で12月25日に置かれた法定のホリデーは、今の所これしかない。つまり、日本で12月25日にことさら「メリークリスマス」を避けて「ハッピーホリデー」と言うことは、戦後ホリデーでなくなった日をホリデー扱いすることであり、すなわち戦前回帰宣言なのだ。「少数派」(人口の約99パーセント)に配慮して無難な表現を選んだつもりが、相当強烈な政治的メッセージを発していることになる。
 「右翼じゃないやい! 公正・中立を心がけてるんだい!」というならば、12月25日以外の日も「ハッピーホリデー」と言うようにしなければならない。なあに、1年365日、時々366日、多分世界のどこかじゃ「ホリデー」だ。


 勘違いした「ぽりちかる・これくとねす」には、うんちをなすりつけなければならない。


(2016年12月25日追記)
 やっぱり今年もやった


* 米国(アメリカ)の祝日・休日カレンダー

戦隊もののキャラクターデザイン

 おそ松さんと色盲・色弱




 実際の所、スーパー戦隊シリーズ全40作のうち、キャラクターを見わけるポイントが色だけという作品は少ない。せいぜい「電磁戦隊メガレンジャー」(男性3人、女性2人がそれぞれ同デザイン。マスクだけなら全員同デザイン。)くらいだ。
 よく見れば色以外の違いがあることがわかるが、遠目だとわかりづらいという基準にしても、せいぜい「科学戦隊ダイナマン」、「超新星フラッシュマン」、「鳥人戦隊ジェットマン」、「忍者戦隊カクレンジャー」が加わる程度。多く見ても全作品の8分の1でしかないのだ。

 また、スーパー戦隊シリーズのキャラクターにはとっくの昔から白や黒が使われている。初期メンバーに限っても、白は1985年の「電撃戦隊チェンジマン」のチェンジマーメイド、黒は1982年の「大戦隊ゴーグルファイブ」のゴーグルブラックまでさかのぼることができる。
 また、「電撃戦隊チェンジマン」、「鳥人戦隊ジェットマン」、「忍者戦隊カクレンジャー」、「百獣戦隊ガオレンジャー」の4作では、初期メンバーの中に白と黒の両方がいる。
 「考慮する」どころか、白や黒の使用は30年以上前に実現されているのである。


参考文献:
「栄光のスーパー戦隊 シリーズ完全ガイド」 メディアワークス
スーパー戦隊シリーズ
スーパー戦隊百科

明治時代のSFガジェット


 自分が泣きたいほどに感動するのは…(ネットという特殊な環境とはいえ)これがウケに受けているということは「タイムリープ」「時間ループ」みたいな概念、さらにはタイムスリップみたいな概念が…まだまだではあろうけど、徐々に徐々に世間一般に浸透している、という、それ自体がうれしいってことです。

時間ループとかタイムパラドックスがここまで「当たり前の教養」となった時代に、涙が出てくる……(日曜民俗学)

 「まだまだ」、「徐々に」どころか、タイムトラベルの概念はとっくの昔に一般に広まっている。
 SFと関係の薄い場所で「タイムマシン」や「タイムトラベル」といった単語が使われることは珍しくないし、また、古に思いを馳せることをタイムトラベルに喩えることも日常茶飯事である。実例としては以下のようなものがある。

(1) タイムトラベルは 楽し メトロポリタン ミュージアム

「メトロポリタン美術館」 大貫妙子:歌・作詞 1984年)


(2) この作者が,タイムマシンに乗って現代に出現したとしても,彼は仰天しながらもそのうち現代生活にしっかり適応できるような気がします.

(「進化と人間行動」 長谷川寿一、長谷川眞理子 東京大学出版会 2000年 p.115)


(3) 弥生時代にタイムスリップ 吉野ヶ里

(「るるぶ九州ベスト '16」 JTBパブリッシング 2015年 p.39)

註:下線は引用者によるもの。

 だが、これは驚くようなことではない。続きを読む

大和言葉は美しくない

 ここ1年ほど、書店のマナー本のコーナーで、「大和言葉」をテーマにした本をよく見る。だが、それらの多くは、読むものにあきれや怒りの感情をもたらす、すさまじいまでの与太本である。

 「与太本」と判断する最大の理由は、「大和言葉」と題しておきながら、平気で漢語や混種語を列挙していることである。「馬(うま)」や「梅(うめ)」といった、一見大和言葉に見えるが実は中国語起源とされる語のことではない。音読みの漢字でできた、一目でそれとわかる漢語だ。

 例えば、「大和言葉のこころえ」(山岸弘子:監修 ギャンビット)では「粗茶(p.40)」、「食事(p.52)」、「悲喜(p.81)」、「有卦(p.149)」、「如才(p.152)」といった漢語が「大和言葉」として紹介されている。
 また、この本の巻末には、現代語を「大和言葉」に言い換えた例として、以下のようなものが挙げられている(下線部は引用者によるもの。本では色違いの文字が使われている)。

薄暗い朝方に → かたわれどきに p.182
競馬にはまっている → 競馬にうつつを抜かす p.186
成績がよくない → 成績が芳しくない p.187

 言い換えるも何も、「現代語」の時点ですでに大和言葉だ。
 もっとひどい例もある。

恥ずかしいけれど → は文字ながら p.183
見かけだおしの紳士 → 銀流しの紳士 p.187
わずかな望みはある → 一縷の望みはある p.187

 「文字」も「銀」も「一縷」も漢語だ。大和言葉を漢語に言い換えてどうするのだ。

 しかも、これは著者の無知によるものではない。著者は、明らかにわかった上で漢語を載せているのだ。このことは、42ページの記述からうかがい知ることができる。ここには「水菓子」という見出しが設けられているのだが、そこに付された解説には、以下のような一文が存在するのだ。

「菓子」は漢語ですが、「くだもの」は和語(大和言葉)です。 p.42

 読者を馬鹿にしているとしか思えない。

 さて、「品のよい日本語と大人のたしなみ」という副題がつけられていることから、また、章末にマナーの解説が載っていることから、この本では、「大和言葉」を「美しく上品で丁寧な日本語」として紹介しようとしてることがうかがえる。
 だが、そもそも大和言葉というのは、日本語固有の語・形態素のことであって、決して美しい日本語、上品な日本語、丁寧な日本語のことではない。いくら美しく、上品で、丁寧な表現を掲載していようとも、それが漢語であったなら、「大和言葉」の本としての価値は地に落ちる。
 なお、「この本の『大和言葉』の定義は一般的なものと違うのではないか?」と思われた方もいるかもしれないが、そんなことはない。以下に示すように、「大和言葉のこころえ」の6ページには次のようなに書かれている。

 現在、使われている日本語には、中国から取り入れた「漢語」、中国以外の国から入ってきた「外来語」、そして日本で生まれた「大和言葉」が入り乱れています。 p.6

 この通り、ごく一般的な使われ方である。

 さて、ひどいのはこの本だけではない。上で述べたように、最近1年くらいの間に出た「大和言葉」関連本は、大半がそうである。そして、本だけでなく、「大和言葉ブーム」を取り上げたネット上の記事も同様に滅茶苦茶な代物ばかりである。
 大部にはなりづらいニュース記事やブログ記事ゆえ、挙げられる実例も少なく、そのため漢語が列挙されることも少ないのだが、それでも「大和言葉」について明らかに誤解している記事は珍しくない。軽く検索してみただけでも、以下のようなものを見つけることができる。

「マジヤベー!」に疲れたあなたは、以下の書籍を読んでみてはいかがでしょうか。

大和言葉の言い換え一覧!ズムサタで紹介され話題に

 「マジヤベー」はれっきとした大和言葉だ。

「待っています」よりも「心待ちにしています」の方が、言われた相手は嬉しく感じられるもの。

このように、大和言葉はコミュニケーションを手助けしてくれる言葉です。

大和言葉とは?日本人なら知っておきたい美しい日本語です

 「待っています」も、「心待ちにしています」も、どちらも大和言葉だ。

たしかに、美しい言葉は耳に心地がいいいが、私たちが日常で大和言葉を多用するのは口幅ったいような気も。

話題の大和言葉 「先刻」を「いましがた」にすれば印象変わる

 むしろ、漢語を多用する方が口幅ったく聞こえる。「失念と言えば聞きよい物忘れ」という川柳に代表されるように、漢語には小難しい、専門的、高級、衒学的というイメージがあるからだ。

 繰り返すが、「大和言葉」というのは、決して美しい言葉のことではない。大和言葉で下品な発言だっていくらでもできるのだ。それこそ、「くそじじい、くたばりやがれ!」だって立派な大和言葉だ。
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