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つまらないは正義

「アコロ イタク」式表記とヘボン式表記

 1月6日の記事にも書いたように、「アイヌ神謡集」で使われたローマ字はヘボン式ベースのものだった。知里幸恵だけでなく、金田一京助や久保寺逸彦がアイヌ語の表記に用いたのもヘボン式ベースのローマ字だった[1]。ジョン=バチラーの「アイヌ・英・和辞典」でも、ヘボン式ベースのローマ字が用いられている[2]
 一方、現在主流となっているのは、片仮名とローマ字を併記する表記法だ。そして、ローマ字部分では、ヘボン式とは異なる綴り方が採用されている。

 さて、昔から使われていたヘボン式と現在主流の「アコロ イタク」式、2つの方式の差異とは、一体どのようなものなのだろうか。

 最大の違いは、ヘボン式でch, shと2文字で綴っていた音が、「アコロ イタク」式ではc, sと1文字で綴られるようになったという点だ。
 また、古いヘボン式ベースの綴り方では、/aj/や/aw/を二重母音と見なして"ai", "au"のように綴っていた。だが、「アコロ イタク」式ではそれぞれ"ay", "aw"のように綴る。このような音節はアイヌ語では閉音節扱いだから、「アコロ イタク」式の方が適切である。


[1] 「アイヌ語をフィールドワークする」 中川裕 大修館書店
[2] 「アイヌ・英・和辞典」 ジョン・バチラー 岩波書店

アイヌ語の表記と発音

 アイヌ語には文字がないとよく言われるが、それは正しくない。正確を期するなら、かつては文字表記の習慣がなかったと言わなければならない。1923年には、アイヌ語の母語話者である知里幸恵がヘボン式ベースのローマ字で「アイヌ神謡集」を書いているし、その後も知里真志保、山本多助など、大勢の人が仮名やローマ字を用いた表記法を考案してきた[1] [2] [3]。このように、アイヌ語には90年以上の文字表記の歴史があるのである。
 現在主流となっているのは、仮名とローマ字を併記する方式である。これは、1994年に北海道ウタリ協会(現アイヌ協会)が編んだ学習書「アコロ イタク」で用いられた表記法だ[3] [4]

 ここで、アイヌ語の具体的な表記と発音について簡単に説明してみたい。表記法は、「アコロ イタク」式のローマ字を用いる。

 アイヌ語には、5つの母音(a, i, u, e, o)と12の子音(k, s, t, c, n, h, p, m, y, r, w, ')が存在する。
 母音のうち、a, i, e, oの4つは日本語の「ア」、「イ」、「エ」、「オ」とほぼ同じ。一方、uは円唇母音[u](口を丸めた「ウ」の音)である。
 k, t, c, n, h, p, m, y, r, wは、それぞれ日本語の「カ」、「タ」、「チャ」、「ナ」、「ハ」、「パ」、「マ」、「ヤ」、「ラ」、「ワ」の子音とほぼ同じ。
 sは、音節末とiの前では[ʃ]、それ以外では[s]となる。
 「'」は喉頭破裂音であり、語中で子音と後続する母音が区切って発音される場合のみに表記される[5]

 アイヌ語の音節は、「(子音)+母音+(子音)」という構造で成り立っている。服部四郎、村崎恭子などは、母音で始まる音節を認めず、母音の前に「'」が存在するという立場にある[6] [7]。一方、中川裕などは母音始まりの音節を認めている[8]
 また、音節末には-k, -s, -t, -n, -p, -m, -y, -r, -wの9つの音素が立つ。

 さて、ここまでアイヌ語の表記と発音について述べてきたが、これは北海道方言のものである。同じアイヌ語でも、北海道と樺太では発音に若干の違いがある。例えば、樺太方言には、北海道方言にない母音の長短の区別が存在する。また、樺太方言の音節末子音は-s, -n, -h, -m, -y, -wの6種類と、北海道方言より少ない[7]

 以上の内容は辞書や学習書にも記されているものである。詳しく知りたい方は、適当な本を参照していただきたい。また、アイヌ文化振興・研究推進機構のサイトでダウンロードできるラジオ講座のテキストにも書かれている。こちらは無料だ。


[1] 「アイヌ神謡集」 編訳:知里幸惠 岩波文庫
[2] 「アイヌ語をフィールドワークする」 中川裕 大修館書店
[3] [少しくわしく] アイヌ語の文字と表記
[4] 「アコロ イタク」 社団法人北海道ウタリ協会
[5] 例:hioy'oy(ありがとう)。「ヒオヨイ」ではなく、「ヒオイオイ」と発音する。
[6] 「アイヌ語方言辞典」 編:服部四郎 岩波書店
[7] 「樺太アイヌ語入門会話」 村崎恭子 緑鯨社
[8] 「アイヌ語千歳方言辞典」 中川裕 草風館

同人誌を販売/購入するという表現

 コミックマーケットなどの同人誌即売会の参加者の間では、「頒布」という語が頻繁に使われる。イベントで同人誌をさばくことを、そう表現することが多いからだ。例えば、同人誌即売会のチラシなどにおいては、「頒布」という語の出現数は、「販売」や「発行」などのそれを上回っている[1] [2]

 「頒布」という表現を好むイベント参加者の中には、「同人誌は、頒布するものであって、販売するものではない。」と主張する人すらいる[3]
 販売は頒布の一種だから、同人誌を有償で引き渡すことを「同人誌を頒布する」と表現しても間違いではない。だが、「販売するものではない。」と言い切ってしまうのは勇み足であり、明らかに間違いである。

 客観的に見れば、同人誌即売会で行われていることが売買、すなわち販売と購入であることに議論の余地はない。販売ではないと主張するならば、イベント参加者の意識の中に根拠を求めなければならない。つまり、イベント参加者の間では同人誌は販売するものではないという意識が一般的であることを示す必要があるということだ。

 販売とは、売ることである。対義語は「購入」、「買う」である。同人誌は販売するものではないという意識がイベント参加者の間で一般的なものならば、「同人誌を売る/買う」やそれに類する表現もはばかられるはずである。
 だが、同人サークルのサイトの日記などを見てみると、イベントにおいて同人誌などを有償で引き渡すことを「売る」・「販売」、有償で受け取ることを「買う」・「購入」と表現している例をいくつも見つけることができるのだ。軽く探しただけでも、以下のようなものを見つけられる。なお、下線は引用者によるものだ。

  • 既刊販売は11時ごろからに。
  • うちのサークルにしては異例なほど多くの女性の方々に本をお買い上げ頂きました。

酔月工房 2013年8月18日

ただし、11月以降に売っていたはたて本「スランプです」を買ったよーという方は100円引きします。

すわこのほとり 2012年12月29日

12月31日 冬コミ西地区りー15aにて「お風呂と牛乳と約束」を
購入してくださった方に先着
にて上のシャンテイラストカードを
さしあげます!

できました~

 また、手元にあった同人誌20冊のまえがき・あとがきを確認してみた所、「お買い上げありがとうございます。」のように、「買う」・「購入」などの語が使われているものが5冊あった。無視できる少なさではない。ちなみに、すべて別のサークルの本である。

 さて、2008年5月に同人誌は「販売」するものではなく「頒布」するものという記事を書いたフラン氏は、同人誌の有償でのやり取りをどう表現しているのだろうか。本家サイトの記事を見てみよう。

買えなかった同人誌とかもちょっとあったのでした。
まぁ、それでも欲しいのは買えたけど!

コミックマーケット84 2日目最終日!

手に取ることが出来なかった本たちは取りあえず通販でお願いすることにします…

コミックマーケット84 2日目行ってきたよ!

 「買う」と言っている。「通販」[4]という言葉も使っている。どちらも、同人誌は販売するものと思っていなければ使えない表現だ。
 5年も経って気が変わったのかと思いきや、

という訳でこの1ページの為だけに買いました

C74同人誌感想(2日目分)

と、2008年8月、わずか3か月後の時点ですでに「同人誌を買う」と言っている。

 用例からは、「同人誌を販売する」という表現を躍起になって否定する理由は見当たらない。
 記憶をたどってみても、「売る/買う」という表現を忌み嫌う主張を見聞きしたことはない。ネット上やイベント会場で「売る/買う」と言っても、別段咎められたりはしない。
 そもそも、コミックマーケット準備会自身が「販売」という言葉を使っているのだ[2]
 

 結局、少なからぬイベント参加者が、同人誌は販売するものと考えているのである。となれば、最早「販売するものではない。」と主張する根拠は存在しない。


[1] 巻末資料「即売会チラシの単語表」
[2] 2010年夏コミ(コミックマーケット78)論文:「同人文化における『頒布』の意味解釈」の全文
[3] 同人誌は「販売」するものではなく「頒布」するもの
[4] 通信販売の略

2013年シリーズ記事まとめ

 2013年に書いたシリーズ記事のまとめである。

 和文の文字数と欧文の語数の関係
 3月24日 和文の文字数と英文の語数の関係
 7月29日 和文の文字数と英文の語数の関係 その2
 8月31日 和文の文字数と伊文の語数の関係

 同じ内容の場合、英語1語当たりの日本語の文字数は平均約2.2文字である。また、イタリア語1語当たりの日本語の文字数も、平均で約2.2文字である。

 ライトノベルの主人公の学年
 2月17日 ライトノベルの主人公の学年
 5月25日 ライトノベルの主人公の学年 その2
 10月20日 ライトノベルの主人公の学年 その3

 ライトノベルの主人公の学年でいちばん多いのは高校1年生。

学園ものの授業シーン

 部活、生徒会、各種行事……。学校案内や卒業アルバム、さらにはフィクションで好んで取り上げられるこれらの要素も、学校中心でない生活を送る生徒にとっては優先度の低いものなのだ。

 11月28日の記事でこう書いたが、実際、学校のメインである授業もフィクションの中ではなおざりにされがちである。では、一体どれくらいなおざりにされているのだろうか。逆に、学園ものの作品の中で、授業の様子が丁寧に描かれた例はどれほどあるのだろうか。
 実際に調べてみた。

 サンプルとして用いたのは、以下の漫画3作品である。

 「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」1~5巻 谷川ニコ スクウェア・エニックス 54エピソード[1]
 「ぐーぱん!」1~3巻 榛名まお 芳文社 57エピソード[2]
 「ゆるゆり」1~10巻 なもり 一迅社 108エピソード[3]

 以上の計219エピソード中、学校が出てくるエピソードは140話ある。そのうち、授業シーンが登場するエピソードは22、さらに、授業の様子が具体的に描かれているエピソードは13話存在する。

 なお、主人公の通う学校以外の学校が出てきても、それは学校が出てくるエピソードに含めない。例えば、「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」(以下、「ワタモテ」)4巻の「喪35:モテないし弟を気遣う」には主人公の弟の学校が出てくるが、この話はカウントしていない。

 また、授業開始前、終了後、居残り、校外学習などの場面は授業シーンに含めない。校内で行われる通常の授業の最中を描いたものだけをカウントしている。

 授業の様子が具体的に描かれているというのは、例えば体育ならば何の種目をやっているのかがわかる、数学ならばノートや黒板に書かれた数式が読めるなどのように、授業の具体的な内容が読者にもわかるよう描かれていることを指している。

 具体的に描かれている授業の内訳は、以下の通りである。

 体育:9
 美術:3
 家庭科:2
 理科:1

 絵にした時見栄えがするためか、実技教科、特に体育が多い。なお、数が合わないのは、「ワタモテ」2巻の「喪10:モテないし無表情になる」を理科と体育の両方に、「ゆるゆり」10巻の「66★ガールズパワー全開すぎ!!」を美術と体育の両方にカウントしているからである。

 授業シーンが少ないことは最初からわかっていたが、実際に数字にしてみると、あらためてその少なさが実感できる。
 学校が舞台となるエピソードが全体の半数以上を占めているにもかかわらず、授業の内容が丁寧に描かれた話は、全体の約6%しかないのだ。



[1] 特別編、特別収録、おまけをカウント。
[2] 連載1回分、カラー描き下ろしをそれぞれ1エピソードとしてカウント。
[3] 7巻、9巻のあとがき後のおまけまんがはカウントしない。
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